第19話 ヴィクターの最期

「ブローンブルグ公め、手柄を独り占めするつもりか……!」


 街道を進むメルガイア帝国軍の一団があった。正確には、彼らはメルガイア帝国軍ではない。帝国に亡命してきたスカンプ公爵の私兵たちだ。

 クレヌール王国の正当な支配者という大義名分のために参戦された彼らだったが、序盤に体の良い囮として使われた後は全く見せ場がなかった。そのためスカンプは少しでも役に立つ所を見せようと焦っていた。


 先行部隊が戦い始めた頃、スカンプはオムリが出陣するのを見かけた。スカンプにはオムリが追撃戦の手柄を奪おうとしているように見えた。そこで、静止するメルガイアの武将を振り切り、300人を率いてオムリの後を追ったのだ。


 オムリの部隊は敵からの突撃を受けて立ち止まっている。好機であった。メルガイア帝国最強の大将軍を助けたなら、それだけで大きな武勲になるだろう。


「者共ォー! 武器を構えろ! ブローンブルグ大将軍殿をお助けするぞーっ!」


 スカンプを中心にして300人が前進する。すると、数十人の騎士がオムリの部隊を突破してきた。どの騎士も傷を負っている。赤鋼騎の強さのあまり、死に物狂いで逃げ出してきたのだろう。


「逃がすな、囲め!」


 300が騎士たちを囲むように展開する。一兵たりとも逃がすつもりはない。だが、スカンプは知らなかった。彼らは一兵たりとも逃げるつもりがなかったことに。

 スカンプの部隊を認めた騎士たちは、あろうことかそのまま勢いをつけて突撃してきた。槍衾の餌食になるかと思われたが、先頭の騎士が大斧を振るうと槍衾諸共前衛が打ち砕かれた。


「なっ!?」


 槍衾を突破した騎士たちは、雑兵には目もくれず一直線にスカンプの方へ向かってくる。


「小癪な……奴らを止めろ!」


 兵士たちが次々と敵へ殺到する。一騎、また一騎と取り囲まれ、馬から叩き落され、槍に貫かれて命を落とす。それでも生き残りたちが猛然と近付いてくる。

 彼らの顔が見える距離まで近付かれたスカンプは戦慄した。一人、見覚えのある武将がいた。


「ガイアー・エルフリード……!」


 スカンプの娘婿であり、クレヌール王国では並ぶ者のいない最強の騎士。全身に傷を負いながらも、それを全く感じさせない暴れぶりで、兵士たちを薙ぎ倒している。

 鬼神の如き形相で斧を振るうエルフリードが、スカンプの姿を認めた。


 牙を剥いて、嗤った。


「ひっ……!?」


 怯懦に駆られ、スカンプは踵を返して逃げ始めた。エルフリードがその後を追う。兵士たちが何人も立ち塞がるが、止めること敵わず弾き飛ばされる。


「やめろっ! 来るな、来るなぁっ!」


 悲鳴を上げてスカンプは逃げ惑う。


「お前たち何をしている! 奴を、奴を止めろぉっ!」


 錯乱するスカンプは気付いていないが、自身が逃げたことにより陣形が崩れていた。混乱の中をエルフリードたちが駆け抜ける。もはや止まるものではない。十数騎の騎士が一本の槍となってスカンプに迫る。

 そして遂に、エルフリードがスカンプに追いついた。大斧を振り下ろすと、スカンプの馬の後ろ脚が切り裂かれた。馬が倒れ、乗っていたスカンプは地面に投げ出される。


「ぎゃあっ!?」

「おのれ、裏切り者めが!」


 スカンプの横にいた騎士が槍を突き出した。穂先がエルフリードの脇腹に刺さり、肉を抉り取った。


「やった!」


 言い終わる前に、騎士の頭が斧の一撃で爆ぜた。荒く息を吐きながらも、エルフリードはまだ倒れない。頭から血を流し、腕に矢が刺さっていても、倒れる様子はない。

 殺される。恐怖するスカンプだったが、エルフリードの後方から迫る赤鋼騎たちに気付いた。スカンプたちを助けに、エルフリードを追いかけてきたのだ。

 彼らが来れば助かる。そう考えたスカンプは、決死の命乞いに走った。


「ま……待て、待て待て待てガイアー! 貴様、私を殺す気か!?」

「ああ」

「義父だぞ! 貴様の妻の父親だぞ! そのような不義理が、世間に許されると思っているのか!?」

「どの道、陛下に刃を向けた身だ。これ以上不義理を重ねたところで、どうということもあるまい」


 赤鋼騎はまだ遠い。メルガイア最強軍団がなんたる足の遅さか。スカンプは内心毒づきつつ、命乞いを続ける。


「ここから逃げられると思っているのか!?」

「思わん。貴様を道連れにするだけだ」

「だが、ワシを助ければ生きて帰れるぞ! ワシが王になれば、爵位も領土も貴様の思うがままだ!」

「そんなもの、もういらん」


 エルフリードが斧を振り上げる。


「娘を遺して死んでも良いと言うのか!?」


 斧が止まった。


「貴様は良かろうよ! だが娘はどうなる!? 騎士ごっこにうつつを抜かすようなおてんば娘だ、行く末が心配であろう!? せめて見届けてから助けるとか、そういうのは無いのか!」


 エルフリードの背後からスカンプの騎士が襲いかかるが、クレヌール騎士がそれを食い止めた。


「……心配ない。娘は信頼できる奴に預けた」

「ど、どうだかなぁ! 貴様が死んだ途端に、手のひらを返すかもしれんぞ!?」


 すると、エルフリードは微かに笑った。


「ねえよ。何十回負けても真面目に騎士をやってる奴だ。俺が死んだくらいじゃあ、投げ出さん」


 いよいよエルフリードが大斧を振りかぶった。

 スカンプはすがるように赤鋼騎を見た。足止めされている。敵ではない。スカンプの私兵たちにだ。突撃を受けた上に指揮官に放置され混乱していた兵士たちはただの障害物だ。しかし味方である故に、赤鋼騎も蹴散らして進むことができなかった。


「や、役立たずどもめぇっ!」

「さらばだ、義父上ッ!」


 大斧が唸った。渾身の一撃はスカンプを鎧兜ごと脳天から真っ二つにした。左右に分断されたスカンプが、残骸となって崩れ落ちる。


「謀反人ヴァスコ・ロム・スカンプ! 討ち取ったァ!」


 大斧を高々と掲げ、エルフリードは声を轟かせた。


 ――戦況は変わらない。周囲には大勢の敵。味方は僅か数騎。その上、赤鋼騎がそこまで迫っている。クレヌール軍の敗北という結末は結局変わらない。

 それでもエルフリードは笑っている。国王は逃し、娘は託し、義理は果たした。これほど清々しい負け戦は初めてだった。


 赤鋼騎に向け馬を進める。生き残った部下たちが後に続く。


「長々と悪かったな。これが本当に最後だ」

「お供しますよ、伯爵」

「おいおい、今は伯爵じゃねえよ」

 

 最後の仕事は、名を偽って派手に散るだけだ。大斧を担ぎ、迫る大群に名乗りを上げる。


「我が名はっ! 近衛騎士団長ヴィクター・ドリッヒェン! 国王第一の友にして国家最高の中心! この殿を引き受けた総大将よ!

 我こそはと思う者は、見事討ち取って手柄にしてみせろ!」

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