第17話 ヴィクターの撤退戦(3)
エルフリード卿率いる精鋭騎馬隊100騎が、メルガイア軍に突撃した。
同じ100騎といってもヴィクターのそれとは比較にならない。クレヌール王国最強の100騎である。その上、ヴィクターに気を取られていたメルガイア軍は、エルフリードに背を向ける形となっていた。
浮き足立つ2000に楔が打ち込まれる。猛進する騎士が、3人、4人と轢き潰す。それが100騎集まれば、400近い人数が被害を負う。
「シャアアアッ!!」
だが、何よりも恐ろしいのは先頭で大斧を振るうガイアー・エルフリードだ。彼が斧を振るうたびに、2,3人の騎士が宙を舞う。返り血を頭から被り、緑の外套を真っ赤に染めて暴れ回るその姿は、地獄の悪鬼もかくやという凄まじさであった。
メルガイア軍が浮足立つ。この勢いのまま総崩れになるかと思われた。
「南だ! 南へ突破しろ!」
女騎士が声を張り上げた。大鎌をヴィクターたちに向ける。
「南は弱兵! 奴らを屠り、血路を切り開け!」
その一言で、メルガイア軍は正気を取り戻した。怒号を上げて、ヴィクターたちに襲いかかってくる。ヴィクターたちは必死に防ぐが、死にものぐるいの軍団は止まらない。
更に、大鎌の女騎士が名乗りを上げた。
「『ドニヤスカの黄金』メアリ・シュミットとは私のことだ! 弱兵どもめ、命が惜しくば道を開けろ!」
大鎌を振るい、メアリはヴィクターに襲いかかった。今更名乗られても、と思いながらも、ヴィクターはハルバードで鎌を受け止めた。
「くうっ……!」
メアリの斬撃は疾い。ハルバードをコンパクトに構え、次々と繰り出される攻撃を凌いでいく。4年前とは違う。今はメアリの攻撃に対処できる。
しかし状況が悪い。ヴィクターがメアリに捕まっている限り、部隊の指揮を執れない。そうなるとメルガイア軍はますます勢いづく。エルフリードたちが暴れているが、メアリたちには届かない。崖の上からアッシュが兵を連れて降りてくるが、それも間に合いそうにない。
万事休すか。ヴィクターがそう思った時、甲高いラッパの音が鳴り響いた。クレヌール軍もメルガイア軍も、動きを止めて辺りを見回した。
「誰だ!?」
答えは街道の先。坂を上りきったところにあった。夕日を背にして現れたのは50騎の騎馬隊。掲げるのはクレヌール王国軍の旗印、大樹と盾の紋章。
先頭にいるのは、馬上槍を構えた漆黒の騎士、グリムハルトだった。
「吶喊ッ!」
僅か50騎。されども一糸乱れぬ騎馬突撃である。立ち直りかけたメルガイア軍を叩き潰すには十分だった。
グリムハルトが軍勢の中を駆け抜ける。メルガイアの歩兵がランスに貫かれた。グリムハルトはそれを振り払おうとせず、逆に歩兵が突き刺さったランスを高々と頭上に掲げる。
「うわあ……」
人ひとりの体重を片手で支えている。とんでもない馬鹿力だ。
呆気にとられたヴィクターの横から、大鎌が襲いかかる。咄嗟にハルバードを掲げて防ぐ。
「はあっ!」
メアリが必死の形相で襲いかかってきた。1秒でも早くヴィクターを倒そうという猛攻。それをヴィクターは冷静に受け流していく。
焦れたメアリの動きが乱れたところを見計らい、ハルバードを突き出す。伸びた穂先がメアリの腕を掠めた。
「貴様……!」
更に斬撃速度を上げ、メアリが攻めかかる。しかしヴィクターは的確に攻撃を防ぎ続けていた。大鎌では斬撃しかできない。故に、動き出した鎌の位置と角度に注目していれば、どのような攻撃が来るか予測できる。そこにハルバードを置いておけば良い。
メアリもそれに気付いたのだろう。大鎌を強引に捻り上げ、予測とは違う軌道で斬りかかってきた。
「死ねェッ!」
「……もらった」
ヴィクターはそれを待っていた。
意表を突く軌道。言い換えれば、無理な体勢をとっている。ハルバードで斬撃を防ぎ、そのまま力を込めて押し返す。
「うおっ!?」
攻撃を弾かれ、メアリはバランスを崩した。その時既にヴィクターは、ハルバードを振りかぶっていた。
一閃。メアリは避けようとしたが、右肘を付け根から斬り飛ばされた。大鎌が零れ落ちる。
「うぐっ……!」
「覚悟ォッ!」
トドメを刺そうとヴィクターはもう一度ハルバードを振りかぶった。しかし、敵の騎士が間に割って入った。
「隊長ッ! 逃げてください!」
メアリは腕を抑えながら、踵を返して逃走する。ヴィクターはすぐに庇った騎士を倒したが、その頃には既にメアリは槍が届かない場所まで逃げていた。
「……逃がしはしない!」
背を向けて逃げるその瞬間が、最も無防備だ。身を以て知っているヴィクターは、その隙を逃しはしない。
ハルバードを地面に突き立て、腰の剣を抜く。魔剣ネンニウス。今こそ真の力を使う時だ。
「
魔剣『ネンニウス』。その本質は剣ではない。所持者の魔力を変換して、魔法として発現させる
「
「
ヴィクターの魔力を受け、ネンニウスが魔法を紡ぐ。呪文によって方向性を定めた魔力が励起し、黄金の光となって刀身を照らす。
「それは影。お前の足元から決して離れぬもの。
それは終点。お前をいかなる時でも受け入れるもの。
それは残光。お前を照らす光が最後に残したもの」
ネンニウスの刃を、突き立てたハルバードの刃に添える。刃を支えにしてネンニウスを安定させ、逃げるメアリの背中へ狙いを定める。
「
時は来た。
「刈り取れ!
突きを繰り出す。それが引き金となり、変換された魔力が解き放たれる。
一条の閃光。全てを貫く無間の刺突。坂の頂上より撃ち下ろされた死神の一閃は、逃げるメアリの背中を過たず捉えた。
金髪の女騎士が馬上から崩れ落ちる。
「敵将、メアリ・シュミット! 討ち取ったァッ!」
黄金の剣を掲げる。
その一言が決定打になった。メルガイア帝国の先行部隊は、雪崩を打って逃げ出した。潰走する集団はもっとも近い味方、麓の別働隊の陣に逃げ込もうとする。だが別働隊も火攻めと煙幕で足止めを受けていて、お互い混乱するだけだった。
チャンスだ。先行部隊と別働隊はこの有様、本陣は出発の支度で離れた所にいる。背を向けても追われない。
「全軍に通達! 足止めは成った、この機に乗じて……」
赤い光がヴィクターの目を打った。眩しさにヴィクターは顔をしかめ、言葉が途切れた。
手をかざして光を遮り、ヴィクターは光源を探す。それは街道の下、緩やかな坂の始まりの辺りから来ていた。
こちらに向かってくる、赤く塗られた鉄の鎧兜に身を固めた騎士たち。一糸乱れぬ行軍に、ヴィクターはとある話を思い出した。
大陸最強、メルガイア帝国。その中で最も強い大将軍直属部隊。彼らはその特注の鎧兜から、『赤鋼騎』と呼ばれていた。
そんな彼らを率いる人物は一人しかいない。隊の中心。太刀を担いだ、赤い瞳の、獅子を思わせる凶暴な顔つきの男。
オムリ・ガーベラ・ブローンブルグ。大陸最強の大将軍がそこにいた。
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