第14話 ヴィクターの葬式

 クレヌール王国の首都は沈痛な空気に包まれていた。無理もない。近衛騎士団長ヴィクターの国葬が、いよいよ明日に迫っていたからだ。

 既に祭壇は整えられている。首都の住人すべてに、彼の死を悼むよう申し付けている。残るは遺体だけだ。


「申し上げます。ヴィクター・ドリッヒェン卿、到着いたしました」

「……うむ」


 伝令からの報告を受けた国王ハロルドと、大后ヘレナは立ち上がった。どちらも喪服に身を包んでいる。

 宮殿の正門には、戦場から帰ってきた軍勢が並んでいた。その数、800。ほとんどが怪我人とはいえ、あれだけの激戦の後にこれだけの人数を残せたのは奇跡であった。

 その奇跡を起こした立役者は、荷車の上に横たわっていた。


「……ヴィクタァァァ!」


 ヘレナが駆け寄る。恥も外聞もなく、ヴィクターに縋り付く。悲痛な泣き声が辺りに響く。

 ハロルドもヴィクターの側に寄った。ヴィクターの体は激戦を潜り抜けたにも関わらずきれいなものだった。だが、左肩から右腰にかけて斜めに斬られているのがわかった。包帯で隠されているが、酷い傷なのだろう。


「大后様……」

「嫌ァ! どうして、どうして!」


 副官のアッシュが声をかけるが、ヘレナは聞く耳を持たない。酷い結末だ。


「俺のせいだ……!」


 ハロルドは後悔を噛みしめる。もっと上手く指揮をすれば。メルガイアに攻め込まれないよう外交を駆使すれば。いくら考えても後の祭りだ。


「すまない、ヴィクター……!」

「あの……」

「目を覚ましておくれ、ヴィクター!」

「いや」

「お前の犠牲は無駄にはしない。必ずこの国を……」

「……ふんっ」

「え?」


 ヴィクターが右手を上げた。

 ハロルドもヘレナも固まった。遺体が動いた? 奇跡か? 魔法か? 神の御業か? 悪魔の仕業か?


「あの、陛下。大后様」


 アッシュが困惑した様子で告げた。


「生きてます」


 しばし、沈黙。


「は?」

「うそじゃろ?」

「ひどくないですか?」


 ヴィクターが喋った。弱ってはいるが、いつもの調子の声だった。なんならちょっと怒ってる。

 生きている。


「ヴィクター! ようやった、よう生きて帰ってきた……! いや、何故生きて帰ってきた? 生きていたなら早く知らせんか馬鹿めが!」


 ヘレナは感極まってヴィクターを撫で回していたが、段々と事態の異常性に気づき、冷静になった。

 ハロルドも同じ気持ちだ。ヴィクターは死んだと聞いていたのに、なぜ報告がなかったのか。


「いえ……何度も早馬を送りましたが?」


 アッシュが首を傾げるが、聞いていないものは聞いていない。


「早馬など来ていないが……」

「いえ、いますいます! 伝令です! 私です!」


 後ろから慌てた声。振り返ると、さっきヴィクターの遺体が到着したと知らせてきた伝令が、宮殿の入口で手を振ってアピールしていた。


「何を言うか。お前は遺骸が到着したと知らせてきただろう?」

「違いますよ!? 到着したとしか申し上げていませんよ!?」


 言われてみれば、遺体とは一言も言っていなかった気がする。だが、ハロルドとヘレナにはそれを遺体の運搬報告だと判断するだけの理由があった。


「なら……メルガイア帝国がヴィクターを討ち取り、遺体を返還すると申し出てきたのは何なんだ?」


 一週間ほど前。各国の援軍と共に首都に立て籠もるハロルドの下へ、メルガイア帝国の使者がやってきた。曰く、近衛騎士団長ヴィクター・ドリッヒェンを討ち取ったと。

 その知らせにハロルドとヘレナは愕然とした。戦場に殿しんがりとして残してきたのである。生存は絶望的だと覚悟していた。それでも心の片隅では生きていてほしいと願っていたのだが、そのささやかな望みが打ち砕かれた。

 使者はまた、ヴィクターの奮闘に敬意を評して、遺骸を返還すると言ってきた。ハロルドは迷うことなくその申し出を受け入れた。兄弟同然の存在だ。できるだけ正しい形で弔いたかった。

 そういう訳で、ここ数日、王宮には伝令がやってきては、ヴィクターの遺体の運搬状況を報告していたのだ。だからハロルドは生きたヴィクターの到着を遺体の到着と勘違いしたのだ。なら、メルガイア帝国は誰を討ち取ったのか。

 それを知っている人間が、ここにいる。


「ヴィクター、話してくれないか。俺が撤退した後、あの戦場で何が起こったのかを」


 ヴィクターは頷き、事の顛末を話しだした。



――



「よし、あの一団を狙うぞ! 皆の者、続けぇっ!」


 殺到するメルガイア軍に対して、殿であるヴィクターと30騎の騎士が突撃を開始した。

 敵全体は10000だが、その全てを相手するわけではない。狙うのは、先走った先頭の100騎だけ。ハロルドしか見ていない騎兵隊の横腹に、ヴィクターたちは躍りかかった。敗軍と侮っていた騎兵隊は、思わぬ突撃を受けて隊列を乱した。


「覚悟ぉっ!」


 ヴィクターは敵の間をすり抜け、隊長らしき男の首めがけてハルバードを振るった。兜首が宙を舞う。騎手が首なしになった馬は、混乱してその場をぐるぐる回った後、メルガイア軍に向かって慌てて走り出した。


「よし、戻るぞ!」


 ヴィクターたちは誰一人欠けることなく、味方の下へと戻っていく。当然、後ろのメルガイア軍が黙っているはずがない。


「逃がすな、追えーっ!」

「ナメたマネしやがって! 生かして帰すな!」

「手柄首だーっ!」


 歩兵やら騎兵やらが隊列もなく入り乱れてヴィクターを追いかける。その数は500人を超えていた。ヴィクターたち30騎は黙って追われていたが、不意に左右に分かれた。

 その先には、アッシュに率いられ魔法を詠唱していた魔術師たち。


「放てっ! ファイアボール!」


 アッシュの号令で、数十の火球が、殺到する500に対して放たれた。降り注いだ火球は敵部隊のど真ん中で炸裂し、爆風で歩兵を吹き飛ばし、騎兵の鎧を焼く。

 本来であれば、同じ魔術師によるマジックシールドが防ぐはずだ。しかし追撃に逸っていた部隊に魔術師は追いつけず、魔法陣を組む余裕もなかった。

 突然の爆炎に追撃部隊の高揚は吹き飛ばされ、半狂乱になりながら後退する。だが、後ろからやってきた味方がそこに衝突する。


「邪魔だどけ!」

「馬鹿野郎下がれぇーっ!?」

「何故下がる! 敵の国王は目の前だぞ!」

「魔術師が……」

「どけどけどけぇぇぇっ!」


 混乱する敵軍の一角に、ヴィクター率いる30の騎兵が突撃した。馬上槍ランスとハルバードの一撃で、兵士たちが次々と吹き飛んでいく。

 攻撃を受けた兵士たちは更に混乱して下がろうとする。前進してくる後続は、数が多すぎて前で何が起こっているかわからない。その結果、混乱だけが連鎖して、追撃の足が止まっていた。


「ぎゃあああっ!?」

「敵の奇襲か!?」

「我こそはヴィクター・ドリッヒェン!」

「魔術師を呼んでくれ!」

「ハロルドに逃げられるぞ!」

「俺たちに手柄を渡さないつもりか!? ぶち殺すぞ!」


 無限に続くと思われていた混乱だが、前線に魔術師が到着したことで治まった。


「待たせたな! もう敵の魔術師に好きにはさせん! ……で、魔術師はどこだ?」

「逃げたよ!」


 しかしその頃には既に、ヴィクターたちは鉄火場から脱出していた。

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