第9話 ヴィクターの一騎討ち 前編
『緑の巨人』ガイアー・エルフリード。言わずと知れたクレヌール王国最強の騎士である。
300騎で2000人の軍勢を打ち破った、一騎討ちで敵将3人を立て続けに屠った、身の丈が倍以上あるオーガを打ち倒したなど、その武勇伝には限りがない。
スカンプ公が反乱を起こした際、彼はそれに加わった。彼の妻、リリス・エルフリードがスカンプ公の娘だったからだ。
ハロルド王とスカンプ公の直接対決では、スカンプ軍の先鋒となって大暴れした。数の不利を物ともしない武勇は、ハロルドを戦慄させたほどだ。
スカンプがゼクセン王国へ亡命した後も、反乱貴族たちの主力として何度も戦った。一度はハロルドがいる本陣にまで肉薄し、ヴィクターを吹き飛ばしたこともある。ハロルドはその隙に逃げ出し、一命をとりとめた。
しかし、反乱貴族が各個撃破されると、エルフリード伯の敗色は濃厚になった。度重なる戦いでエルフリード伯の手勢も少しずつ削られ、今や100人程度しか残っていない。
「機は熟した。エルフリード伯爵を討つ!」
そう宣言したハロルドは、2000人の兵を率いてエルフリード伯の領地へ攻め込んだ。
まず街道の要所に兵を配置し、他の領地から援軍が来れないように塞いだ。それから領内の砦や館をひとつずつ潰して、伯爵本人が籠もる城を丸裸にしていった。
包囲が完成すればエルフリードに勝ち目はない。その前に攻撃してくるか、あるいはスカンプ公の後を追ってゼクセン王国へ逃げ出すか。どちらかだろうとハロルドは考えていた。
ところがエルフリード伯爵は一兵も動かさず、不気味なほど静かに本城に籠もっていた。ハロルドが1500人で城を囲んでも、それは同じであった。
「どういうことだ? 勝つ気がないのか?」
ハロルドは困惑していた。ゼクセン王国から援軍が来るかと思っていたが、それもない。100対1500など戦争にもならない。一方的な虐殺になるだろう。
「……そうかもしれません」
ハロルドの疑問に答えたのは、ヴィクターだった。
「何?」
「エルフリード伯は、死地を求めているのかもしれません。
義父への義理立てがあったとはいえ、引き立てていただいた先王陛下を裏切ったことは事実です。だから勝とうとせず、ここで陛下に討たれることで、ケジメをつけようとしているのかもしれません」
英雄譚の中には、高潔でありながらも悪事を犯してしまった騎士もいた。彼らは往々にして苦悩し、自らの罪を償うため敢えて死地に花を咲かせることも珍しくはなかった。 エルフリード伯も同じ心境なのだろう。
「じゃあ何だ、ゼクセン王国が援軍を出さないのも……いや、そもそもゼクセン王国へ逃げようとしなかったのも……」
「恐らくは。反乱が失敗した時点で、覚悟を決めていたのでしょう」
それでもすぐに戦いを止めなかったのは、トペ伯を始めとする反乱仲間たちがいたからだろう。彼らは皆、降伏するか攻め滅ぼされた。今、エルフリードは自分の番が来た、と思っているはずだ。
「でも」
それでも、ヴィクターは思う。
「そんな義理立てのために死んで欲しくありませんよ、やっぱり」
ヴィクターにとってエルフリード伯は命の恩人であり、目指すべき目標であり、最も身近な英雄だ。そんな人が死ぬなど、どんなに筋の通った理由があっても嫌だった。
「……降伏の使者は出してる。もうすぐ城から戻ってくるはずだ」
慰めるようにハロルドが告げる。彼もヴィクターも、エルフリード伯が降伏を受け入れるとは思っていない。それでも、ほんの僅かな希望にすがりたかった。
やがて城門が開き、使者が出てきた。彼らはハロルドの本陣に真っ直ぐやってきた。
「どうだった」
使者は力なく首を横に振る。
「恩情は無用。戦で雌雄を決すべし。そうおっしゃっておりました」
「……ご苦労だった。下がって良いぞ」
僅かな間を置いた後、ハロルドは顔を上げた。
「皆の者、聞け! ガイアー・エルフリードは再三の申し出を蹴り、愚かにも我々に刃向かうと告げてきた!
かくなる上は情けは無用! これより城に攻め込み、逆賊エルフリードの首を獲る! 進め!」
ハロルドの号令で軍勢が動き始めた。攻城戦の準備だ。弓兵と魔術師が前に出て、投石機が設置され、歩兵たちは攻城はしごや破城槌を準備する。
その最中の出来事だった。
「門が開いたぞ!?」
誰かが悲鳴を上げた。見ると、確かに固く閉じられていた門が開きつつある。
まさか、とヴィクターは身を縮こまらせる。
「突撃してくるつもりか……?」
騎士として華々しく散るつもりなら、それは十分にありえる。ハロルドのいる本陣めがけて真っ直ぐに突っ込み、その途中で惜しくも討たれる。吟遊詩人によって語り継がれる死に様だろう。
だが、エルフリード伯の武勇を考えると、万が一があり得る。
「近衛隊、陛下の前に3列横隊で整列! 槍衾を作れ!」
敵の突撃に備えて守りを固める。
だが、城門から騎兵隊は出てこなかった。代わりに一人の騎士が現れた。
漆黒の鎧の騎士だった。鎧は傷もへこみもなく、新品のようだ。フルフェイスの兜をしっかりと被っている。髪の色もわからない。
右手には
漆黒の騎士はクレヌール軍の前まで来ると、声を張り上げた。
「クレヌール国王、ハロルド・クレヌールに告ぐ!
我が名はグリムハルト! 一騎討ちを所望する!」
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