「予備校・唇・船」

 船長になると決めたのは、小学生の頃に読んだ海賊漫画に影響されてからだった。

 トラブルを事前に避け、直面したとしてもそのカリスマ性や度胸ある姿勢で、見事解決していく姿に憧れたからだ。

 

 憧れた当時から、自分は将来船長になっているものだと思っていたので、進学先も当然のように航海に関する学校を希望していた。それにあたり、受験のための専門的な知識を勉強するために、航海に関する勉強ができる予備校に通いだした。


 私と同じ船乗りを目指すというニッチな興味がある人は、多くはいないと考えていた。それは想像通りで、この予備校で配属されたクラスも15人程の人数だった。

 しかしながら、みんなが同じ好きな仕事に就こうとしている人達しかいないという環境は、昔から強く憧れていた事だったので胸が高鳴っていた。

 やはり同じニッチな将来の志望仲間いうこともあり、クラスのみんなとは打ち明けるのは早かった。


 授業の内容に関しては、海域の地理や海流に関する知識を始め、小型船舶の操縦技術から艦内の基本的な作りなど基礎的な知識の授業。昔からこういった知識は学んできていたので問題はないのだが、唯一苦手なものがあった。それは実習に出てみて初めて自覚することになった。


 夏季休暇の中で予備校から2週間の期間に及ぶ合宿があった。実際に船舶の中で実務経験を行うもので、乗組員の指示に従いながら操縦だったりレーダー探査の見方、航海無線などの扱い方を経験として学ぶ機会があった。掃除なんかの雑務のうちの一つ、料理に関して。これが難敵だった。


 この時初めて、唯一苦手なものが料理だと分かった。


 船舶の事だけ考えて日ごろ勉強を行っている自分からしては、船上で生活する為の料理の知識は勿論勉強していたのだが、実際にそれを扱う自分自身に問題があるとは気づけなかったのだ。


 塩や砂糖を取り違えたりといった、如何にも初心者のような間違いはしないのだが、どうも味見の塩梅が分からない。基本的に甘いだけ、酸っぱいだけ、辛いだけという風に振り切れた味付けになってしまうのだ。

 金曜のカレーの日に関しては、無意識のうちにスパイスの香ばしさを求めてしまったため、皆の唇を厚く張らせてしまう結果になってしまった。それが翌週の金曜も続くとなると重要な問題だと認識して、上達をしないといけないなと固く心に誓った。


 合宿以降の金曜は、いまだ唇腫れる記念日となっている。

 日々精進するしかあるまい、そう毎週のように思うのだった。

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