「不動産屋、旗、シチュー」

 たとえ駅前の不動産屋といえども旗日にはお客さんがめっきりいなくなる。暇な時間が圧倒的に長いにもかかわらず、なぜ働かなきゃいけないのかと怠さに苛まれながら、本日も出勤していた。

 とはいえ、世の中働かないとお金はもらえないので休む選択肢がなかったのが正しい表現かもしれない。現に、あれやこれやと財布を緩めた結果、手持ちが少ない状況になっている。如何にやり繰りをして給料日まで耐えるかという気苦労も怠さに拍車をかけていた。


 業務中、空けている窓から聞こえてくる外の陽気な賑わいに、羨ましさを覚えて目を細める。窓を背にした席にいるので、射し込む夏の日差しに身体を打たれて、午後を迎える前に疲労感は高まっていた。非常に不快だ。

 一方で、爽やかな祝日の朝は、家族連れや都市部に遊びに向かうのであろう若者たちで賑わっていた。その賑わいは変わらず夕方過ぎまで続いていた。

 ちなみにうちの不動産屋では夕方までに来たお客は0人。祝日の中でも特別に少ない部類だ。ほんとなんで働いているんだろう俺って。


 不運のようなモノは続くもので、退勤時間の数十分前に管理している物件の大家からの呼び出しがあった。お金の心配をして空腹でいたためについ舌打ちが出てしまった。機嫌が悪い中の不意を突かれた一撃ではあったが、受話器を下ろしてからだったのが幸いだった。


 退勤時間を過ぎた頃に、呼び出しを受けた大家の家に着いた。どうやら、半年前に夜逃げをして空きが出ている部屋に清掃を入れたので、新しく入居を受け入れる体制が出来たとの事だった。それに加えて、部屋の確認とその書類の受け取りをしてほしいらしく、大家から鍵を渡された。


「確認終わったら鍵を戻しに来てね。その間に書類を作成しているわ」


 トラブルかなんかの面倒ごとではなくてホッとした。そつなく終わらせて早く帰ろう。早足に大家の家の隣のアパートに向かい、恐らく最後の仕事にとりかかった。


 30分もたたずに物件の確認を終わらせて大家の家に戻ってきた。インターホンを鳴らす。

 あとは鍵を返して帰社して退勤のみ。晩御飯は何しようか、我慢して今日ももやしにするか、等と考えていると大家が出てくる。「はいこれ書類ね」と、鍵と交換して受け取る。それでは、と踵を返そうとしたところに続けて声を掛けられた。


「つい材料を買いすぎて作りすぎちゃったから食べにおいで」


 金欠空腹な俺にとっては願ったりなことだ。空虚な目に輝きが戻り「はい!」の二つ返事でご相伴に預かった。


 本日私が召し上がるのは具がゴロゴロと入ったホワイトシチュー。

 その味は、口当たりはミルクのマイルドさを感じ、具材の旨味やスパイスのアクセントが後から追いかけてくる。空腹という自前のスパイスもあり、口に運ぶ手が止まらないほど美味しかった。

 黒くすすけた心もこのシチューのように白く浄化されていく。

 あのとき舌打ちしたことを悔やみ救われながらも、すすめられたおかわりをいただくのだった。

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