「スーパー・無表情・つる」

 月明かりの下では帰宅ラッシュも落ち着きを見せている。それでもいまだ絶えることなく人々が帰路についていた。私もその一人。活気の残り香を感じる商店街通りを速足に歩を進めていく。

 耳を澄ませば遠くから、そこに住まう人たちの生活の音楽が聞こえる。まな板を叩く軽快なリズム、子供達の歓声、漏れ出してきたTV番組の笑い声。そういった一つ一つの音のうねりが音楽となり、この時間では僕を励ます応援歌となっている。歩を進めるたび心なしか改めて力がみなぎってきていた。

 一人、二人と就労でヘロヘロになったサラリーマンやOLを追い抜いていく。20人は軽く追い抜かしたであろう時には目的地に到着した。


 今日もやってきた。ガラス張りの自動両開きドアを潜ると別世界にでも来たかのようにチープな音楽に切り替わった。「ここからが正念場だ」そう心の中で呟くと両手で小さく握りこぶしを作る。

 最初の十字の通路を右に曲がり奥から4番目の商品棚に沿って奥へと進む。経路と時間とタイミング、完璧に把握している。社会人になってからのこの5年間の研鑽で編み出された秘儀『半額飯替時瞬奪ハーフィングサーフィング』を繰り出し問題なく今日もミッションを完遂できると確信していた。

 この通路の突き当りまで20秒。そして半額弁当に切り替わるタイミングも20秒。

 トランプタワーを組み上げるように、繊細に確実に計算しており、1秒1秒と過ぎる度に口元も緩んでいるのを実感している。

 あと10歩進めば目的を達成される、そう勝ちを確信し、笑みがこぼれたその瞬間だった。

「本日の半額弁当はお惣菜を切らしたために用意することが出来ませんでした。誠に申し訳ございません。問題ございませんでしたら明日もこの時間に半額とさせていただきますので、宜しければまたのご利用をお願い致します。」

 鶴の一声だった。

 僕を含む第二の青春をかけていたであろう者は一人残らず足元を見つめ無表情だった。


 一人二人と僕を追い抜いていく。サラリーマンだかOLだか学生なのかはわからない。僕と同じように今日の食い扶持に困っている者だと思うことで、心だけは少しうかばれる気がした。

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