第29話 恋愛演劇!!



*****



「それではおやすみなさい。エリースちゃん。いい夢を。」

「‥‥‥おやすみなさい。ディーさん。」




体を清め終わった後、私はディーさんと挨拶を交わして寝るふりをした。


そしてディーさんが厠に行ったのか部屋を出たのを見計らって、まず布団の中に枕を入れて人が入っているように見せかけた。



「よっ。」



そして窓に手をかけてひょいっと部屋を出る。


幸い1階の部屋だったため、簡単に降りれた。



「ふぅ‥‥‥。にしても暗い。」



周りはやはり暗い。燭台を持ってくることも考えたがディーさんに気づかれるのも嫌だったため持ってくることはできなかった。



「でも、しばらく歩いてたら目、慣れるよね。」



本当は魔術を使って明るくしたいけど、いつ魔力暴走が起こるかわからないから使えない。それにヴァンを助けるときの唯一の対抗手段はこれだけだ。できれば温存しておきたい。


まあ時間が巻き戻る前はよく暗いところでも活動していたから、こういうのは結構慣れている。



確か‥‥‥、あっちだったよね?廃墟は。



よし、行くか。イチイちゃんを待たせたらいけない。


イチイちゃんと訪れた廃墟の方角を確認しながら進む。






*****



「ここ‥‥‥、だよね?」



雰囲気のある廃墟だとはさっきも思っていたが、夜中の今見ると、本能的な恐怖が刺激される。


暗いところは慣れているとはいえ、こういったものはいつまでもなくならないのだ。でもそんなことを言ってうだうだしてられないし、思い切って一歩前に出る。



「イチイちゃん〜?」



イチイちゃんの名を呼びながら、廃墟の中へと入る。扉を開けるときに鳴った扉の軋む音がやけに廃墟の中で響いた。



「イチイちゃん‥‥‥?」



イチイちゃんに呼ばれたから来たものの‥‥‥、そもそも彼女は何をするために私を呼んだのだろうか?



もしかして‥‥‥、あのイチイちゃんが殺人犯になるのが今日で、私を殺そうと‥‥‥?あのイチイちゃんの輝く目を思い出して首を振る。それはない。



なら、なんで私を呼び出したの?




「イチイちゃ、」



そう考えているときだった。さっき、劇を見せてくれた劇場代わりの部屋で‥‥‥、イチイちゃんが倒れていた。



「イチイちゃんっ!?大丈夫!?」



イチイちゃんの倒れる場所にはちょうど割れた窓から入る月光が入り、まるでスポットライトが当たっているようだった。


私が彼女のもとまで走り、抱き起こす。



「イチイちゃん!?だいじょ、」

「許さない。」



‥‥‥え、イチイちゃん。何?え?どうしたの?イチイちゃん?え?なんで?なんでなんでなんで。



__なんで私を睨むの‥‥‥?




「どうして‥‥‥、どうして、裏切ったの?」



あ、あああ‥‥‥。


時間が巻き戻る前に殺したあのイチイちゃんそっくりの殺人鬼のようだ。やだっ!!こっちを見ないでっ‥‥‥!!じゃないと、おかしくなっちゃう!!私が、殺したあの人を思い出す!!思い出してしまうの!?



「ねえ、なんで裏切ったの‥‥‥?許さない許さない許さないっ‥‥‥!!」




__『エリースゥ‥‥‥!』



やめてっ!!あの人のように私を見ないでっ‥‥‥!!あの殺人鬼のように!!



「お前までわたしを裏切るというのか!!それならお前を殺してやる‥‥‥!!」

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっっっっっ!!!!」



なんで私はあの人になんで謝るの?なんでこんなに悲しくなるの?なんでこんなにも泣きそうになるの‥‥‥?



なんで、私は‥‥‥。






__『ごめん、なさい‥‥‥。』




ああ、あの人は‥‥‥。


ゆっくりと瞼を閉じて思い出したのは、倒れながらも笑顔でこっちをみる少女だった。




「ごめんなさ、」




もう一度謝ろうとすると、イチイちゃんがいきなり私に抱きついてきた。




‥‥‥え?ええっと‥‥‥?


「ごめんなさい!エリースちゃん!!泣くほど怖かったですか!?」

「い、イチイちゃんっ‥‥‥!?」

「演劇をしてただけだったのですが‥‥‥!!ごめんなさいなのです!!エリースちゃんを怖がらせようと思ってなかったんです!!ただ劇を見てほしかっただけで!!」



ああ、演技だったのか‥‥‥。


イチイちゃんはまだ殺人鬼じゃない。誘拐犯じゃない‥‥‥!!



そのことに安心するとともに、さっき思い出したあの感情に戸惑う。なんで私は謝ったのだろうか?


なんで、私は‥‥‥。



「エリースちゃん!」

「むぎゅうっ!?」



いきなりイチイちゃんに頬をムギュッと寄せられて‥‥‥、痛い痛い痛いっ!!



「難しい顔しちゃダメなのです!!」

「私、そんなに難しい顔してた‥‥‥?」

「はいなのです!ダメなのです!!そんな顔してたら‥‥‥、みんな、不幸なのですっ!!あのときは、おとうさんもおかあさんもお姉ちゃんも‥‥‥、不幸、だったのです。」

「イチイちゃん‥‥‥。」



少し悲しげな顔にきっと彼女の姉と両親が喧嘩したときのことを言っているだろうことが分かる。


それが彼女にとって辛い記憶だから。だから、彼らと同じ表情をしていた私にそんな顔をしてほしくないのだろう。



彼女がふと私の頬から手を取ってから私の顔を見て‥‥‥、笑った。微笑ましく見守るように。




「エリースちゃん、笑顔になったのです!!」

「イチイちゃんのおかげでね。ありがとう。」

「えへへ‥‥‥!嬉しいのです!!」



無邪気に笑う彼女イチイちゃんが、本当に‥‥‥、殺人鬼?


ああ、この笑顔‥‥‥。やっぱり『あの人』そのものだ。私が初めて殺した人族である、彼女そっくり。



なんで私は彼女を殺してあんな感情に‥‥‥?




「エリースちゃん!もう!!駄目なのです!!」

「ふえっ!?」




またもやイチイちゃんが私の頬をつねる、‥‥‥痛い痛い痛いっ!!



イチイちゃん!!力加減!!力加減!!




「エリースちゃん、さっきの劇はある物語のラストシーンなのです。イチイは明日消えちゃううエリースちゃんに見せたくて呼んだんです。本当は、明日見せる予定だったのです。」

「さっきの‥‥‥、『殺してやる』って言っていたやつ?」

「はいなのです!!どうしても‥‥‥、エリースちゃんに見せたくて‥‥‥。」



そう、まつ毛を伏せた彼女はぽつりぽつりとその物語の内容を語った。



「これは、ある美しい女性が恋人を作るためのお話なのです。」

「ある女性‥‥‥?」

「はいなのです。その女性は自身の恋人となる人物を探し『真実の愛』を探し求めるのですが、なかなか近寄ってくる人物はいい、とはとてもいえない人ばかりなのです。浮気者や権力で無理やり自分のものにしようとしてくる醜い年かさの男爵に詐欺師、どれも『真実の愛』とは遠すぎる人たちばかりでした。」

「それは‥‥‥、運が無いね。」

「はいなのです。しかも皆、最悪なことに最初は上辺を取り繕っていて、彼女が惚れた瞬間に本性を表すのです。」

「な、生々しいなあ‥‥‥。」

「そんな中、ある平凡な男性とついに『真実の愛』を見つけたのです。」

「‥‥‥?」



今の話を聞いていると男運の悪い綺麗な女性が最終的に平凡な男性との幸せを見つける話だ。



でも、イチイちゃんの演じる『美しい女性』に私は睨まれ、殺すと言われた。つまり、その女性の運命は‥‥‥、



「しかし美しい女性は今まで男性に騙されていたことがトラウマになってしまい、男性のことを信じられず、ついには殺してしまいます。」

「っ!!」



やっぱり‥‥。悲恋だ‥‥。



「そしてその女性は恋人が出来るたびに、殺していくらしいです。」

「え、それも今までのトラウマのせい、で‥‥‥?」

「はいなのです。」



うわあ‥‥、ひどい。いくらトラウマだったとしても人を殺していいなんてそんな道理があるはずない。



「そんな‥‥、ひどい。」

「そうですか?イチイには否定できません。それが彼女の愛し方だというのならば。人それぞれに愛し方はあるでしょう?それは友情も恋情も変わりません。」




イチイちゃんは少し遠い目をしながら私に反論した。



私と少し似ているその緑の目は複雑そうな色を宿していた。




もしかしたら、イチイちゃんは『美しい女性』を演じることによって彼女の気持ちが分かってしまったのかもしれない。常人には理解できないような異常な愛情を、天才である彼女は演技することによって分かったのかもしれない。




「これは何故この劇をエリースちゃんに見てほしかったのか、にも繋がります。‥‥‥エリースちゃんには大好きな人がいますか?」

「だ、だだだだだだだだだだだだ大好きな人ぉ!?!?」



大好きって、あの、恋い慕うみたいな、え!?そんな感じだよね!?


あ、あああ『愛してる』みたいな?そんな感じだよねえ!?



べ、べべべ別に金髪に金目で狐耳の男装女ヴァンなんて、す、すすすすす好きじゃないしぃ!!




「イチイにはいます。好きな人。」

「ふぇ!?」




え、ええっと‥‥‥、この流れで‥‥‥、恋バナ?え、マジ?


いや、恋愛劇の話をしていたんだからそうなるのも必然なの‥‥‥?



で、でででも、と、友達だしおかしくないよねっ!



こ、恋バナかぁ‥‥‥!は、初めてでなんだか緊張しちゃうな!!旅の途中では恋なんてしている場合じゃなかったし‥‥‥!!ちょっとワクワクするかも!!




「それは、」

「そ、それは!?」

「おとうさんやおかあさん、お姉ちゃんです。」

「‥‥‥」




ああ、うん。もちろん知ってたよ。そっちだよね。うん。当たり前だよね。



私もお父さんはともかくお母さん大好きだよ。うんうん。うん‥‥。


べ、別に恋バナなんてしたくなかったしね!‥‥‥うん。




「エリースちゃんにもいるんでしょう?」




何故か自信満々に私を指差す彼女に疑問を覚える。なんでここまで自身に満ち溢れているんだろう?



「なんで私に好きな人がいるって知っているの?」

「イチイ、見たのです。エリースちゃんたちがパレードしているの。」

「ああ、あれ見てたの‥‥‥。」

「はい。その時、エリースちゃんの隣りにいる男の人とエリースちゃん、なかよしなかよしだったのです。‥‥‥でも、エリースちゃんが宿に来た時、いなかったのです、‥‥‥男の人のほう。」

「‥‥」

「そのあと、お姉ちゃんが『犯罪者』さんが夜にこの街からバイバイしちゃうって言っていたのです。多分その『犯罪者』さんがエリースちゃんの好きな人じゃないんですか?」

「っ‥‥‥!」

「やっぱり『犯罪者』さんがエリースちゃんの好きな人なんですね!!」




イチイちゃんがすごい推察をしているのに平然としながら笑っているのは、多分イチイちゃんは『犯罪者』の意味が分かっていないからだ。だからこうやって無邪気に笑っているのだ。



この子は本当にちぐはぐな子だ。


無邪気だったかと思えば鋭いことをいう。多分、彼女の構成する『演劇』が彼女を大人にしているのだろう。




「きっとエリースちゃんは好きな人を助けに行きたいのですね!!『犯罪者』の好きな人を守るために。」

「ま、まあ‥‥、そうなるかな?」

「なら、一つ言いたいのです!」

「何?イチイちゃん。」

「『すき』を怖がらないでください。『あい』を受け止めてください。イチイはこのことを言いたかったのです!この劇で!」

「この劇で‥‥‥。」



愛した人に破滅をもたらす女性の話で?



「『美しい女性』‥‥‥、彼女は愛することを恐れていましたのです。だから、殺したのです。愛されていることに不慣れで不器用な彼女は、愛されている『今』を永久に残しておきたいから愛する人を殺すのだと。そうイチイは思うのです。」

「そんなの歪じゃない‥‥‥?」

「先程も言った通り、それがイチイは否定しないのです。『愛』ならですね。ですが彼女は愛していなかったのです。ただただ‥‥‥、。」



イチイちゃんは苦味を含む表情でそういった。



「エリースちゃんも、そんな気がします。『すき』から、『あい』から逃げているような気がするのです。ですが、どうか逃げないでくださいなのです。これが‥‥‥、イチイからの最後の言葉なのです。さようならなのです。エリースちゃん。‥‥‥イチイのおともだち。」

「イチイちゃん‥‥‥。」




イチイちゃんは結局殺人鬼にはならなかった。その予兆も見られなかった。やはり今はあの世界

とは違うんだ。



私は、もうあの勇者パーティじゃない。人を、愛してもいいんだ。亜人‥‥‥、ヴァンと一緒にいても咎められないんだ。




「ありがとう‥‥‥。イチイちゃん。大切なことを教えてくれて。」




やっぱり‥‥‥、ヴァンのところにいって開放して、ヴァンに怒られて、ごめんなさいして、そして、また一緒に旅をしたい!!



ヴァンのこと、好きって言いたい!!




「どういたしましてなのです。」



私達はどちらからともなくもう一度抱きしめあった。



「あ、イチイちゃん。なんか武器になりそうなものもらえないかな?」

「武器、なのですか?わかりました。ちょっと待ってください!」



そうイチイちゃんはその場に私を座らせると、トテトテと玄関の方へと走っていった。









やがてイチイちゃんの足音が聞こえなくなった頃、それは聞こえた。




「いやあああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!」


「っ!?」




イチイちゃんの断末魔!?何が起こったの!?



私は急いで立ち上がり、悲鳴の聞こえた先へと行った。




「イチイちゃん!?だいじょう、‥‥‥っ!?」





玄関にいたのはお腹から血を出している少女‥‥‥、イチイちゃんと。





「な、何やっているんですか!?」

「もう、エリースちゃん。ダメじゃないですか。勝手に外に出てはいけないっていっておいたのに。」





血糊ではない本物の血をまとった剣を持つ‥‥‥、





「ディーさんっっ!!」





__穏やかな顔のディーさんだった。

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