第30話 信頼裏切!!
ディーさんがツゥッという音を立てながら剣を引きずり、こちらに来る。
その様子が一瞬だけ故郷を滅ぼしているあの勇者と被る。
あの、憎い憎い勇者に。
「あ、あ‥‥‥。」
ああ、駄目だ。声が、声が出ない!!
許さないと心が叫んでいるのに、何故か恐怖で動けなくなる。
なんで?こんなこと何回も経験してきたじゃん‥‥。なんで動かないの!!動いてよ!!抗わせてよ!!
‥‥こんな弱い私は、
動いてよ!!
「エリースちゃん?どうか‥‥‥、しましたか?」
「どう‥‥‥?」
その言葉に私はカッとなって叫ぶ。怒りは恐怖に勝った。
「なんでイチイちゃんを刺したんですか!!ディーさん!!」
「そんなの、エリースちゃんが逃げるからに決まっているからじゃありませんか。なんで逃げたんです?俺はとても悲し、」
「誤魔化さないで!!」
イチイちゃんをあんな風にしながらそれでも尚、穏やかに居続ける彼に腹が立って仕方がない。
なんでなんでなんで!!!
ディーさんは普通にイチイちゃんと喋ってたよね?なんでこんなことするの!?こんな、一般市民を‥‥‥!!幼気な女の子を!!こんなふうにするなんて!!
「イチイちゃんは悪いことをしていないのに!」
「悪いこと‥‥‥?‥‥‥逆に聞きますが、この状況において彼女のどこが悪くないというのでしょう?エリースちゃんを外に出した。この禁忌を犯すとは‥‥‥、嘆かわしい限りです。」
話が噛み合っているようで噛み合わない。
イチイちゃんは罪なんて、そんなものはない!!禁忌!?笑わせないで!?私を外に出した如きで殺していい理由になどなるはずがない!!
「っ!!もういいです!!」
もうこの人は頼りにはならない。というより危険だ。
私はすぐさまイチイちゃんを抱きかかえて走る。
「うあっ‥‥‥!!!いたい、よ‥‥‥。いたいのっ!!エリース、ちゃっ‥‥‥。」
「イチイちゃん!!しっかりして!!待っていて」
時間が巻き戻る前に来たときには『教会』の支部はあった。
確か、領主様の住む館の近くだ。『教会』にさえ行けば怪我を治す『奇跡』を受けられる。
その一心で廃墟から出る。‥‥‥いや、出ようとした。
「エリースちゃん?なんで逃げるんですか?」
「っ!!」
だが、問題は10歳のこの身体だ。イチイちゃんは軽いが、それでも同世代の子供の身体を持ち続けられるほどこの10歳の身体は強くない。更に走るなんて‥‥‥、出来るはずが、ない。
廃墟のあまりに広い玄関を出る前に既に息があがる。
‥‥‥魔術を使う?
いや、今万が一魔力暴走が出たら、私達二人の安全はないと考えてもいいだろう。
「エリースちゃん。やっと止まってくれましたね。」
「‥‥‥っ!!」
必死に走っているのにも限界が来る。思わず立ち止まるとディーさんが私の前に現れて変わらず穏やかな表情でイチイちゃんごと私を抱きかかえる。大人の方が足が速いに決まっているのにディーさんが私のことを立ち止まるまで捕まえなかったのは私と『遊んでいる』ような。そんな感じだった。
__例えるなら、好きな友達と鬼ごっこをしているような。
「やめてっ!!触らないで!!」
「なんで俺を拒絶するのですか?エリースちゃん。寂しいです。」
「そんなのっ!!あなたがイチイちゃんにひどいことをしたからじゃない!!」
「ああ、
そう言うと私を片手で抱き、そしてイチイちゃんを私の腕から奪ってドサッと床に乱暴に落とした。
もちろんイチイちゃんを離すまいと私は反抗したけど、あまりの力の強さに勝てなかった。
「何を言っているの!?ディーさん!!もう止めてください!!なんでそんなにイチイちゃんを傷つけようとするのですか!?なんでそんなひどいこと言うんですか!?‥‥‥私に今から何をさせようっていうんですか!!」
わかんない!!
ディーさんのただひたすら穏やかな表情は普段の表情と全く変わらなくて、‥‥‥怖い。
私は、人をこんなに容易く傷つけられる人と一緒にいたの‥‥‥?
「大丈夫ですよ。エリースちゃん。あなたは傷つけませんから。ただ、邪魔者だけを排除するだけです。安心してください。神のもとに許された行為なのです!これは!!フフっ!!アハハッ!!」
「‥‥どういう、ことなんですか?」
「まだあなたは知らなくていいいんです。ゆっくりと俺と知っていけばいい。ただし、邪魔者は消さなくては。」
それだけ言うと、ディーさんはイチイちゃんのお腹を何度も何度も思いっきり踏んづけた。
「やめて!!イチイちゃんに‥‥‥!!ひどい!!悪党!!」
「次第にあなたも分かるようになります。これは愛のもとで許されるのです。さあ、ここまでいけばこれは死ぬでしょう。さあ、エリースちゃん。行きましょうね。」
「やだ!!止めて止めて止めてえええええええええええっっっっ!!」
半狂乱になりながら、なんとかディーさんの腕から逃れようとしたが‥‥‥、上手く行かなかった。どうしても力で押し込められてしまう。
ああ、使わなきゃ使わなきゃ使わなきゃ!!魔術を!!私の持つ力を!!でも、なぜだか頭が真っ白になって何も言えなくなる。あの呪文は?あの魔術の方法は?
駄目だ駄目だ駄目だっ!!何も思いつかない。
こんな、こんな大事なときに!!私の初めての友達が!!殺されようかというときに!!
私はなんて役にたたないの!?
「ヤダヤダヤダ!!!イチイちゃん!!!」
「っ‥‥‥!!ぁ‥‥‥、ぇぃぃ、っす、ちゃ‥‥。」
この廃墟を出ていこうとするディーさんの肩越しにイチイちゃんに手をのばす。イチイちゃんはそれに応えるように私に手を伸ばそうとするが、途中で力尽きたように地面に手を降ろした。
「ぅあっ。」
あ、あ、あああ‥‥‥。
私は、見たことがある。この、景色‥‥。
あああああああああああっっっっ!!!
頭がカチ割れるように痛い。
死ぬほど痛い。これはあれだ、魔力暴走にも似てて‥‥‥。
「‥‥‥あ。」
あの人のことを、思い出した。
今のイチイちゃんみたいに私に手を伸ばして救いを求めたあの人。
私が初めて殺した人族。
そして、連続誘拐殺人事件の容疑者だった人。
「ああっ‥‥‥!!」
__ああ、あの連続誘拐殺人事件のこと、全部思い出した。
「ごめんなさい‥‥‥。本当に、ごめんなさい‥‥‥。」
‥‥‥
違ったんだ!!!
あなたは、殺人犯じゃなかった。
違ったのに。私は‥‥、殺して、しまった。
そして、何よりも。
「あなた、は‥‥。」
私が時間を巻き戻す前に殺したあの人は、
__イチイちゃんじゃなかった。
いや、イチイちゃんが殺人犯だなんてありえない。
イチイちゃんは連続誘拐殺人事件のきっかけとなる、最初の被害者なのだから。
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