第23話 不倫飯事!!


心配は杞憂だった。



「じゃあ、エリースちゃんは!不倫して帰ってきたけど妻にはバレていないこと前提で帰ってくる夫ね?」

「は?」

「イチイは昨日、不倫現場をその目で見てかなり怒っている奥さん役するから!」

「え?」



いや、かなりドロドロしている!!『おままごと』ってこんなのだっけ!?私は同世代がいなくて普通のおままごとを知らなかっただけで、本当のおままごとってこれなの!?



「じゃあ、行くよ?」

「ま、待っ、」



心の準備が!!



「『‥‥‥お帰りなさい。あなた。』」

「ヒッ!」



『待って』という言葉を出す前にイチイちゃんがおままごとをしだしたんだが‥‥‥、ガチで怖い。


イチイちゃん演じる奥さんの声は小声ながら背筋が凍るような声だ。それにイチイちゃんの目のハイライトが消えて目だけでも人を殺せそうなのに、あえて笑顔なのが余計に怖い。‥‥‥怖い怖い怖い。




‥‥‥え?おままごとってこんなガチなやつするの?



「『あら、あなた。怯えちゃってどうしたの?なんで何も言わないの?』」



そう言っているイチイちゃんの目が私に語りだす。『早くしろ』、と。



「あ、『ああ。うん。は、ハニー。久しぶり。はははっ!元気だったかな?君は相変わらず美しい花だね☆』」



とりあえず、ブティックで店員さんに歯の浮くような言葉を吐いていたヴァンの真似をしてみる、けど‥‥‥。



「『‥‥‥』」



あ、ヤバい。火に油を注いだ。



「『そうやってあなたは!!私よりも年下の女の子を騙してきて!!今日という今日は許しません!!』」

「ヒィィィィッ!!」


‥‥‥私は不倫した夫役にバッチリ合っていた気が今とてつもなくする。





私達はそうこう何時間か遊んでいた。私も恥ずかしながらいつの間にか夢中になっていた。



「『いいですk』、あれ‥‥‥?」


熱く夫婦喧嘩を演じてい、いつの間にか慰謝料のための裁判を繰り広げていた私達がピタリと止まったのはノックの音がしたからだ。



「失礼してもよろしいでしょうか?」

「どうぞなのです!」



聞き覚えのある声にイチイちゃんが快く部屋への入室を許可した。ディーさんの声ではないようだ。


ディーさんと私が使っている部屋だからイチイちゃんじゃなくて私が許可すべきなんだけど‥‥‥、まあいいや。



「はい、ありがとう。」



その声と同時に入ってきたのは‥‥‥、



「ブティックの店員さん!?」



あの子動物系でストーカーに悩まされていたブティックの店員さんだった。



「どうしてここに!?」

「お姉ちゃんを知っているのですか?」



驚愕する私にイチイちゃんが私にそう言った。



‥‥‥お姉、ちゃん。



衝撃を受けている私にブティックの店員さんが苦笑して答えた。



「ここは私の実家なんですよ。森の破壊者のお嬢さん。」

「じ、実家‥‥‥。」



世の中狭いものだ‥‥‥。まさかブティックの店員さんがこの宿の娘さんなんて‥‥‥。


だが、それよりも大事なことがあるようで、急にブティックの店員さんがうずうずとした顔をしていた。



「あの。お嬢さん。その...、麗しき方は!?」



そう言われた時、なるほどと納得した。ヴァンのことが気になるんだろうな‥‥‥。


それにしても、あの麗しき方って名称はどうにかならないのかな‥‥‥。



「ええっと‥‥‥、どっかいっちゃいましたね。」



流石に恋する乙女に冤罪で捕まっちゃいました〜、なんて言えない。言ったらどうなるか分からなくて怖いもん!



「そう‥‥‥。お嬢さんはなんで宿に?」

「白蝶騎士団の方に保護してもらっているところです。」

「あら、そうなの‥‥‥?」



ちょっと訝しんでいるようだが、そこまで詮索はされなかった。



「で、今何していたの?」

「おままごとなのです!」



そのイチイちゃんの言葉に何故かブティックの店員さんは絶句した。


え?この歳になってもまだおままごとしているの!?っていう感じ?



「イチイ‥‥‥、あなた、『おままごと』辞めるって‥‥‥。」

「はいなのです。でも特別な『おともだち』には特別なことをしたいのです‥‥‥。あう‥‥‥。駄目、だったのですか‥‥‥?」

「いや、駄目じゃないわよ。よかったわね。」



え、おままごとってそんな大事な儀式だったりするの?私は1人で毎日遊んでたけど‥‥‥。


ブティックの店員さんが私の視線に気がついたのかニコリと微笑んで、私の手をとった。



「この子のこと、大切にしてください。お嬢さん。」

「え‥‥‥。あ、はい‥‥‥。」

「そして私のことを母と慕ってください。」

「いや‥‥‥、それは無理、ですね‥‥‥。」



未だにヴァンが男で私がヴァンの子供だと信じて疑わないブティックの店員さんには困ったものだ。



「じゃあこのシーツを頼んだわよ。イチイ。それではお嬢さん、私はこれで。‥‥‥あ、そうそう。」



どうやらこの部屋にはシーツを代えにきたらしい。


イチイちゃんにシーツを託して部屋から出ようとしていて何かに気がついたように、私達を振り返った。



「なんでも犯罪者の護送が満月の夜に行われるらしいから、それまではあまり部屋に出てはいけませんからね?」

「はい。」

「はいなのです。」



それだけ言うと今度は本当に部屋を出ていった。ヴァンだ。きっと犯罪者はヴァンだ。満月の夜に裁判所へ‥‥‥。いや‥‥‥、私には関係がない。




そ、それよりもブティックの店員さんはブティックで見たときと印象が全くと言っていいほど違った。なんかイチイちゃんの前では『お姉ちゃん』という感じがして微笑ましかった。


ブティックの店員さんがイチイちゃんのお姉ちゃんなのは意外だったけど、でも言われてみればふたりとも髪色とか目の色が同じだったし顔立ちや雰囲気も似ている。言われれば確かに姉妹っぽい。


そんなお義姉さんがイチイちゃんに言っていた言葉の中に質問したいことがある。



「イチイちゃん。私達ってほとんど初対面だよ、ね?」

「はいなのです。」

「でも、お姉さんに『特別なおともだち』って言っていたけど‥‥‥?」

「‥‥‥。」



イチイちゃんは少し黙ってから、口を開いた。



「わからないのです。」

「わからない?」

「わからないのです。なんでエリースちゃんを特別だと思ってしまうのか。」



わからないのに‥‥‥、『特別なおともだち』?



「でも、『おともだち』ってそういうものじゃないのですか?よくわからないけど、いつの間にか特別になっている、それに時間も何もいらないと思うのです。必要なのは人と人の繋がりじゃないのですか?少なくともイチイにとってはそうなのです。」

「そう、だね。」



確かにその通りだ。


だったら勇者達はどうだったのだろうか?『友達』だと少しでも‥‥‥、思ってくれたのだろうか?私を、私の故郷を滅ぼしたのは勇者がしたいことではなく、本当は脅されていた、なんてことは‥‥‥。ない、よね‥‥‥。


だって、勇者だって私を殺せることをあんなに喜んでいたじゃん。



それに‥‥‥。


『そう。あなたと仲良くなった犯人を捕まえる。』

『対人戦の初心者にはちょうどいいじゃない?』



「っ!?!?」

「ど、どうしたのです!?エリースちゃん!!」



息が一瞬詰まって呼吸ができなくなる。‥‥‥何!?この記憶‥‥‥。勇者の声が生々しく聞こえてくる。



「エリースちゃ、」

「触らないで!!」




仲良くなった、犯人‥‥‥。さっき見た夢に出てきた緑の目の少女イチイちゃんの絵‥‥‥。




『エリースゥ‥‥‥!!ミュゲ村のエリース‥‥‥!!あんたをっ!!あんたを殺してやるっ‥‥‥!!』



そして今思い出したあの殺意溢れる緑の目‥‥‥。




「エリースちゃん‥‥‥?」



交わり合う視線の先にある緑の目を見て確信を持つ。


間違いない。



「ああああああああああああっっっっっっ!!!!!」



イチイちゃんは私が初めて対人戦を行った、あの事件の犯人だ‥‥‥。


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