第24話 千恨万悔!!



__


「今回のターゲットよ。教会から依頼が来たわ。」



そう言って勇者さまであるサクラ様が聖女さまにとある羊皮紙を差し出した。


隣にいらっしゃった聖女さまがターゲットについて書かれた羊皮紙をご覧になった後、ため息をつかれた。


大勢の人々に勇者パーティの一員である『救国の聖女』として崇められている彼女。いつも笑顔を絶やさない人格者な彼女のため息は私に彼女が憂鬱であることをダイレクトに伝えた。



そこまでさせるターゲットとは何者か?


私の考えが伝わったのか、聖女さまは無言で私に紙を渡された。私は見ようと思ったが勇者様さまが取り上げてしまった。‥‥‥え?



「今回のターゲットは対人戦ですのね。」

「ええ。そう。聖女。」

「人族からこのような不徳なものが現れるなど遺憾なのですわ。」

「‥‥‥私としては人族から誰が何しようとも関係ないし、今回は断りたい。なぜならこれは私がするべき仕事ではないから。蝶を名乗る騎士の連中のほうが得意だ。」

「まあ!誰かに‥‥‥、騎士蝶々さんたちに仕事を放っておくなんてよくありませんわ?それに教会からの仕事を引き受けないなんて不徳ですの。ぜひ、引き受けましょう?」

「‥‥‥受けたくない。余計な仕事を増やさないで。」



どうやら引き受けたくない仕事だから勇者さまは私に見せたくなかったのだろう。


亜人討伐以外は受けたくない勇者さまと教会からの仕事はできるだけ引き受けたい聖女さま。そんなお二方が仕事内容で喧嘩なさるのは日常茶飯事だ。


でもそんな抵抗は無駄だと私はお二方の会話を聞いていて思う。だって‥‥‥。



「ふふ?サクラ勇者さま。ぜひ引き受けましょう。これが人族のなり損ない‥‥‥、亜人の完全なる討伐に繋がるかもしれないですわ。ね?ゆ、う、しゃ、さま?」

「はあ‥‥‥。分かったよ。受ける受ける。」



大抵は聖女さまが勝たれてしまうのだから。


それにしても今回の仕事はどういった仕事なのだろうか?対人戦とか仰っていたけど‥‥‥。



「あの、勇者さま。羊皮紙を見せていただいてもよろしいですか?」

「断る。今回はあなたの出番はない。」



勇者さまが冷たい表情でそう語られる。


『私の出番がない』、その言葉がよくわからない。



「でも、いつも亜人討伐のときには一緒に‥‥‥!」

「くどい。私は今回の仕事であなたを連れて行く気はない。今回の教会からの仕事はいつものとは違うの。いい?エリース。あなたは足でまどいになる。今回は来ないで。」

「そんな‥‥‥!」



足でまどい?そんなのは分かっている。


いつも才能あふれる勇者さまの足でまどいになってしまっていることも。私がいつも仕事の障害になることがあることも。


それでも、私はついていきたい‥‥‥!!勇者さまの少しでもお力に‥‥‥!!


そんな思いを胸のうちに燻らせてうつむくと、聖女さまが少し厳しい顔で口を開かれる。



「まあ?そんな言い方では語弊を生みますわよ?勇者さま。エリースさんもあまり気にしすぎては良くないですわ?勇者さまはエリースさんのことが心配なだけなのですの。ですが、エリースさん。勇者さまの言う通り、今回はやめた方がよろしくてよ。」

「聖女さま‥‥‥。でも、私は‥‥‥。」



それっきり無言を貫く私に聖女様が優しく肩を叩かれる。



「本気‥‥‥、なのですわね?」

「‥‥‥はい。」

「‥‥‥勇者さま。エリースさんは心の強い方。どうか、ここは1つエリースさんの言うことも聞いて差し上げていただくことはできませんの?」

「‥‥‥聖女さま。」

「‥‥‥聖女。」



そんな私を優しく庇ってくださる聖女様は本当にお優しい。


でも勇者さまも心無いものに『冷酷姫』などとよばれているけれどきっと誤解だ。だって勇者さまは勇者なのだから!!



「はあ……。後悔しても知らないからね?」

「はい!ありがとうございます!!」

「よかったですわね?エリースさん。」

「その代わり失敗したらパーティーから追放するから。いい?失敗は許されないのよ?……全ては完璧な世界のために。」

「はい!」



ほら、やっぱりお優しい。


勇者さまがため息をつき、私が喜び、聖女さまが私の肩を優しく抱く。



これがいつもの光景だった。


いつも勇者さまは『後悔する』と仰るのだ。


でも、そんなことは今までなかった。だから、これからも後悔することはないだろう。


*****



そんなことを思った私は馬鹿だった。



今ならわかる。勇者さまは本当のことしかおっしゃらない。


なのに、私は‥‥‥、私はっ‥‥‥!!


そのお言葉を軽く考えて‥‥‥。



「ああああああああああっっっっっっ!!!!!」



私達が勇者パーティが白蝶騎士団と合流して、仕事の割り振りのとき、10年上の副騎士団長のと二人で路地裏を探すことに異議を申しだてればよかったのか。ディザイアがいなくなるときに一緒についていって、一人にならなければよかったのか。そもそも今回の仕事に関わらなければよかったのか。



「なんで‥‥‥。」



ああ、私はなんてことをしてしまったのだろうか。


この柔らかな茶髪を持つ女性に縋り付くように嗚咽を発する。


「わ、私は‥‥‥!!」


なんていう罪を犯してしまたのだろう。愚かな私に罰が当たったんだ‥‥‥!!


「どうか、どうか‥‥‥!!っ!!どうかお許しください。神様‥‥‥。」



そのとき、私の目の前に誰かが現れた。



__勇者さまだ。


「勇者さまっ!!お願いです!!お願い!!この人を助けてっ‥‥‥。」

「‥‥‥。」

「私が‥‥‥!!私が間違っていました!!」



勇者さまの裾を必死の思いで引っ張る。


「‥‥‥エリース。待ってて。」

「っ!はい!!」


勇者さまは私が縋り付いている女性の隣にゆったりと腰掛けた。


ああ、これできっと彼女は勇者さまの治療術で助かる。もう一度、彼女が‥‥‥。



で楽にしてあげる。」

「__え。」



『これ』といったものに私は体も思考も私を構成する何もかもが固まってしまう。


__短剣?


短剣で、楽、に‥‥‥?


その言葉が何を意味するかしばらく時間がかかってしまった。なんで、人族の希望であるあなたが‥‥‥!!そんなことを!!


「や、やめて‥‥‥!!」

「ばいばい。名も知らぬ人族。」


そう嗤った彼女が怖かった。なんの躊躇もなくすばやく短剣で、その手で人族を殺した彼女が。


「な、なんで‥‥‥!!」

「この名も知らぬ人族が無駄に苦しまないようにしなきゃいけないでしょ?もうこんなの助からないし。私達は『仲間』なのだから。__亜人じゃ、ないのだから。助け合わなきゃ。」


それにね、と続けられる言葉をもう聞きたくなかった。


それでも、勇者さまは『冷酷姫』の由来を思い出させるほど冷たく嗤って言葉を告げられる。


「このぐらい簡単に殺せる人族を倒したほうが対人戦の初心者にはちょうどいいじゃない?今あなたが瀕死にして私が完全に殺した女みたいに、ね?」


「いやああああああああああああああああああっっっっっっっっ!!!!!!」


__




「‥‥‥‥‥‥‥ん、‥‥スちゃん」


ボケていた焦点がだんだん定まっていくのがわかる。


「エリースちゃん?大丈夫ですか?」

「ディザイア‥‥‥、私は、私は大変なことをっ!!」


目の前にいた赤髪の若い人‥‥‥、ディザイアに縋る。


人を殺すことが、こんなに怖いなんて知らなかった!!『後悔』?後悔しかない!!もう、嫌だ‥‥‥。


「エリースちゃん?どうしたの?」

「『エリースちゃん』、って!!そんな言い方をしてバカにしているの?私はもうすぐ14よ?ディザイア。あなた、私のことをいつも『リリー』と呼んでいるじゃ‥‥‥。」


そう言っているときに部屋がヒヤリとした気がする。ディザイアが訳がわからないように呟く。


「エリース、ちゃん‥‥‥、だよね?」


その猜疑を持った目と少し幼いディザイアの顔つきに私は思い出す。


違う。この人は私の知っているディザイアじゃない。ディーさんだ。もしかしなくても、ディーさんはディザイアの過去だ。そして私は14歳でも17歳でもない。10歳なんだ。


今までのあれは時間を巻き戻る前に経験したこと、だった‥‥‥。


ディザイア‥‥‥、いやディーさんの説明によるとどうやら呆然として放心していたらしい。イチイちゃんが多分、様子がおかしい私のために呼んでくれたのだろう。ありがたい。


「ごめんなさい。ディーさん。少し‥‥‥、疲れていたみたいです。」

「そっか。そうだよね。疲れていますよね。配慮が足りませんでした。すみません。」

「いえ、そんなことは‥‥‥。」


下手な言い訳でも突っ込まないディーさんの心遣いにホッとした。


いや、そんなことをいっている場合じゃない。


あの出来事を私は。あんな衝撃的な事件を忘れるわけがないのに。


なんで今急に思い出したの?それにディザイアとはあの事件のとき、仲が良かったしひと目見ただけでわかりそうなのに‥‥‥。抱っこされても気が付かなかった。どうして‥‥‥。



「ほ〜ら、難しい顔をしないでください!」

「でぃ、ディーしゃん‥‥‥。」


ディーさんにほっぺたをぐに〜と引っ張られて涙目になってしまう。


「いりゃいふぇしゅっ!!!」

「ふふっ?何言っているかわかりませんよ?エリースちゃん?」


痛い痛い痛い!!ほっぺたにディーさんの手がめり込んでくる〜!!


誰か助けて〜!!



「エリースちゃん。君がそんな顔をしちゃいけません。君は笑う顔のほうがいいですよ?」

「‥‥‥口説こうとしているんですか?」

「いえいえ。君となるのは友達がいいですね。」

「‥‥‥左様ですか。」



ディザイアもよく女性をひっかけてたな‥‥‥。そういえば。


女遊びの激しいやつだったしな。いつか刺されるんじゃないかって私だけがヒヤヒヤしていた。当の本人は『そんなことないですよ〜』って清廉な騎士の顔をしていたけど。


でも、こうやってきっと励ましているのだろう。こういうところは時間を巻き戻しても変わらないな‥‥‥。ディザイア。‥‥‥痛いけど。



「うん。いい顔になりましたね。」


やっとディーさんが離してくれて口が自由に動く。そのため、さっきから少し思っていたことを尋ねた。


「さっきからイチイちゃんいませんけど‥‥‥。」

「イチイちゃん、ですか‥‥‥。エリースちゃんのことを俺に伝えたあと、自宅のほうに向かっていましたよ?」

「自宅?」


その言葉にディーさんは頷く。


「はい。宿の裏口と自宅が繋がっているようです。イチイちゃんに用があるようなら呼んで来ますが?」

「いえ、自分で行きます。」

「それはいけません。外は危ないんですよ?」

「でも‥‥‥。」

「いいですから、俺に任せてください。ね?」

「はい‥‥‥。」


どうしてディザイアは私を外に出したくないんだろう?もしかしてヴァンに対しての人質になるって思われているってこと?だから逃げられちゃ困る‥‥‥、みたいな?



う〜ん???


ディーさんの意図がよくわからないまま、イチイちゃんの到達を待った。

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