第三章
第20話 宿屋入館!!
「えっと‥‥‥。ここが宿ですか? 」
「はい。」
私達は宿の入口にいた。大所帯の騎士さまたちはどうやら門の入口辺りにある比較的大きな宿に泊まっているようだ。
私はその緑の屋根の宿をぼうっと眺めた。
‥‥‥まだ抱っこされたまま。
ってなんで私はまだ抱っこされているの!? 17歳としての威厳がぁ!!
「大丈夫ですか? 」
そんな私の心の声を知ってか知らずか、そう私を抱っこする人は微笑んだ。領主さまの館で私を抱っこしていた人だ。
これが大人の余裕ってやつですか‥‥‥?
それにしてもこの人、何故か既視感がする。どこかで会ったかな‥‥?
私を抱きかかえて指示出しているけど、他の人から何も言われないってことは騎士団の中でそれなりに偉い人だとは思うんだけどな‥‥‥?
顔をじっと見てみると、
うん。イケメン。年は大体ヴァンと同じぐらい。騎士団はたいてい男の人ばっかりなのだが、その中でもかなりいい体をしているのは抱きついていてわかるけど‥‥‥、イケメンだとは‥‥‥。モテそうだな‥‥‥。って脱線しちゃってる!
他には‥‥‥、髪の毛は赤毛でヴァンのように短くせず、長いものを纏めているようだ。そして瞳は鮮烈な臙脂色をしていた。その目尻には泣きホクロがあって色っぽい‥‥‥。
__イケメン!
って言っている場合じゃないですよね‥‥‥。
う〜ん。全体的に真っ赤だな‥‥‥、ぐらいしか‥‥‥。
__思い出したあの光景は‥‥‥、あれは書類?う〜ん。思い出せない‥‥‥。
にしても本当に女性ウケしそうな感じだな‥‥‥。ヴァンは王子様系だとしたら、この抱きかかえている人はお色気担当って感じ。相当な女性経験がありそう。
そんな人が私を率先して抱っこしているのって‥‥‥、世帯を持っているか、ロリコンかの二択か。流石にロリコンはない、よね? ね? お願いだからこれ以上私をがっかりさせないで!! ヴァンという前例がある以上、完全に否定はできないから!
「さあ、それでは降ろしますよ。」
「あ、ハイ‥‥‥。」
はい! ごめんなさい! そんな騎士団の偉い人が犯罪思考を持っているわけ無いですよね! ごめんなさい!
もし私を疲れさせないために抱っこしてくれたのなら心までもがイケメンだ‥‥‥。すご‥‥‥。こんな聖人みたいな人、存在するんだ‥‥‥。
「では入りますね。」
イケメン聖人様がそう声をかけて騎士さまたちをひき連れて宿の中に入った。
すると女の子が満面の笑みで私達を出迎えた。
「はわわっ! お帰りなさいませなのですっ! 騎士さまっ! 」
そう言ったのは私とおんなじぐらいの女の子だった。小動物的な感じがあのブティックの店員さんに似ている。
そんな彼女の茶色の柔らかな髪は撫でやすそうにそわそわと揺れて、その白緑色に煌めく瞳は私を捉えていた。
‥‥‥え?私?
「わぁっ!! キラキラしてるのですっ!! キラキラな女の子ですっ!! 」
き、キラキラ‥‥‥、ですか? 私がですか!?
「お花の『せーれー』さんです!! 」
「せ、『精霊』、ですか? 」
「はい!! かわいーかわいーなのです!! 」
「あ、はい。どうも‥‥‥。」
ヤバい。ホンモノの子供に押されてしまっている。ホンモノが強すぎる!!
どうやら私のことをおとぎ話に出てくる『精霊』と誤解しているようだ。‥‥‥ふふふ。分かっているではないか! このおなごは!!
でもここにヴァンがいたらこの子を哀れんだ目で見そうだ。『見る目がない』と。
‥‥‥ヴァン、か。
まあ逮捕されても大丈夫! 大人しくしていれば釈放される! はず!!
だから私が落ち込む必要なんてない! ‥‥‥はず。
わ、私は悪くないもん‥‥‥。
亜人を利用して罪悪感を少しでももつなんて‥‥‥、そんなのおかしい。
「どうかされましたか? 」
「あ、いえ。なんでもありません。」
急に黙り込んだ私を心配そうにみる聖人様。
やっぱりあなたは聖人です!! 尊い‥‥‥。
「あの子はイチイちゃんと言います。彼女はこの宿を営む夫婦のお子さんです。」
「うん! イチイはこのお店の『わかおかみ』?です!! 」
「なるほど‥‥‥。」
自信満々に自分のことを『若女将』と名乗る少女は輝いていた。
私はきっと亜人との戦いをこういう子のために頑張ってきたんだ。そのことが思い出された。
亜人がいたからこういうキラキラ輝く子供から死んでいった。
亜人がいたから‥‥‥。
亜人は殺すべきなんだ。なんで私はさっき
私はただ亜人を見捨てただけ。自分にメリットがあるように。
それの何がおかしいの? 別に処刑されようとなんだろうとなんだっていいじゃない。
私はただ‥‥‥。
「ねえ、『せーれー』さん? どうしたのです? 痛い痛いなのです? 」
「‥‥‥え? 」
「くるしい顔をしているですよ? 大丈夫です? 」
「大丈夫だよ。」
そう、大丈夫。何が大丈夫じゃないっていうの?大丈夫以外、あるはずがない。
そう切り替えて、私はイチイという女の子にニコリと微笑んだ。大丈夫だ。
「そういえば自己紹介がまだだったね。私はエリース。ミュゲ村のエリース。『精霊』じゃなくて人族だよ?」
「えー!エリースちゃんは絶対に『せーれー』さんですっ!! だって銀色のキレイな髪の毛なのです!! イチイと同じ緑なのにイチイと違ってキレーなお目々なのです! だから絶対に『せーれー』ですっ!! 」
「ええ‥‥。」
イチイちゃんと呼ばれる少女にそう言われた私は当然困惑した。
マジで言っているわ。この子。最初はお世辞かと思ったけど、このキラキラした目が語っている。『嘘じゃないのです! あなたは『せーれー』さんなのです! お友達になりたいのです! 』と‥‥‥。
本気でそんなことを言われてもおとぎ話に出てくるような伝説の生き物ではないんだけど‥‥‥。
「イチイちゃん。エリースちゃん、少し俺たちと話あるからあとでたくさんエリースちゃんと遊んでくれないか? 」
「イチイがですか!? 本当ですか!? 」
「ああ。」
聖人様、何言っちゃっているの!? そして君はなんで目を輝かしているの!? え、まだ『うん』って本人である私が言ってないんですけど‥‥‥。
でも、こうやってぴょんぴょんして全身で喜びを表現している女の子を無下になんてできないし‥‥‥。
しゃーなし。
「あとでね? イチイちゃん。」
「っ!! はいなのですっ!! 」
「あ‥‥‥。」
いや、あの‥‥‥、そんなに喜ばなくても。あ、そんなにぴょんぴょんしてたら‥‥‥、
__ドテンッ
あー、いわんこっちゃない! 転んじゃってるし!!
******
そんなこんなでイチイちゃんを慰めた後、私は聖人様のお部屋に訪れた。
どうやら個人部屋のようだ。散らかすこともなく、ベッドだけが使われた痕跡のあるような人の気配を感じさせない部屋だった。まあ、宿だしベッドぐらいしか使わないか。
にしても個人部屋が与えられるなんてやっぱり騎士団の中でも偉い人なんだ、若く見えるけど‥‥‥。普通、こういうときって偉い人以外は相部屋だもんね。
そんな相部屋っぽそうな他の騎士さまたちは各自の部屋へ戻っていた。つまり部屋には私達だけだった。
‥‥‥すっごいソワソワしてしまう。
そんな私を剣を降ろして今まで身につけていた鎧やマントを外してラフな格好になった聖人様がくすくすと笑う。
「こんなところで襲わないから安心してくつろいでください。」
「あ、ハイ‥‥‥。」
だって!! 緊張しちゃうじゃん!! なんかなんかなんか!!
「さて、改めまして。俺は白蝶騎士団の副団長、ディザイアです。よろしくお願いします。呼びにくい名前ですのでディーとお呼びください。」
へー、聖人様、ディザイアっていうんだ?
なんか‥‥‥、あんまり聞かない名前だな‥‥‥。へー、ディザイア‥‥‥。
『ご紹介にあずかりました、ディザイアです。』
‥‥‥? 脳裏に浮かんだ、この言葉は一体何だっただろうか?
「さて、エリースちゃん。」
「あ、はい。」
気の所為‥‥‥、だよね?
「これからの話しをするので聞いてくれますか?」
「はい。」
なにも不安な要素なんてない。
大丈夫‥‥‥。
そう思いつつも私の胸には漠然とした不安が残った。
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