第18話  有力貴族!!

「わ、私はエリースと申しますっ! 」

「俺は‥‥‥、ヴァンだ。少し訳ありでな。商品が紛失してしまっているがこれでも商人だ。」



 そう自己紹介したことを気に留めることもなく、領主さまが目を細めた。



「‥‥‥さて。ワシをこの街の、イェレロの領主と知っての狼藉かね? 」

「イ、イェレロ!? 」



 お腹を若干タポタポとさせている領主さまの仰ることに私に電撃が走った。


 イェレロと言えば人族の国の一番ど真ん中にあることで有名だ。亜人が絶対に入り込まないことが売りの村だった。そのことで多くの人が遊びに来る観光地でもあった。亜人との戦争の最前線にいた私は行ったことがなかったが。


 だからか、イェレロの街は貴族の中でも力を持つものが領主になることが決まっている、のだ‥‥‥。


 つまり目の前のイェレロの領主を名乗る人は有力貴族だ。私達のような庶民なんてこの場で殺しても誰にも咎められないような‥‥‥。



 確かにヴァンは言っていたよ!! 『人族の真ん中の街』だって!! でもさ! なんでよりにもよってイェレロなの!?



 なんでこうなった!?




 その時だった。ヴァンが口を開いた。




「領主さま‥‥‥。」

「ヴァン!? 」



 こ、これは、なんとかしてくれるのだろうか!?


 それとも処刑されないような伝手とか強みとかがあるというの!?



 や、やはりヴァンは侮れな、


「『入れ歯・飛んだ・パジャマ』と言うんすね! 面白い名前っすね!! 」

「馬鹿だろ!! 」



 ああ‥‥‥、私の命の灯火が、消えつつある‥‥‥。


 馬鹿だ‥‥‥。なんでイェヴァ・トンヴェイ・パッテェニヴェって言う名前が入れ歯とパジャマが飛ぶんだよ!!



「なっ‥‥‥。」



 ほら!領主さまが黙ってうつむいちゃったじゃん! 激おこだよ!! きっと。



「イェヴァ・トンヴェイ・パッテェニヴェ?噛みやすいな‥‥‥。絶対に『入れ歯・飛んだ・パジャマ』のほうがいいぜ? それに『イェレロ』もレロレロしてキモい。別の名前のほうがいい、むぐッ!? 」

「失礼しました!! コイツの命だけで勘弁してください!! 」

「むぐッ!? むぐむぐむぐッ!! 」



 ヴァン? ダレデスカ? 私知リマセ〜ン!!


 知らない人ヴァンよりも自分の命のほうが大事!! この際、ヴァンを見捨てよう!! 遠いお空にいるヴァンもそのほうが喜ぶだろう。‥‥‥え?ヴァンは死んでいないって? 今から死ぬから。もう死んでいるのと同じだよ。



「‥‥‥そこの狐人。」

「はい? 」



 はっ。終わったな。ヴァン。お疲れ〜。


 さて、私はさっさと巻き込まれないように逃げよっか、


「わしの名前は駄目だよな‥‥‥。やっぱり。ワシもダメ人間だよな。やはり森を破壊するほどの力量を持つ方にはおわかりになってしまわれるのか‥‥‥。」

「‥‥‥え。」



 そう言って領主さまは‥‥‥、『土下座』というものをしだした。



「そうだよな。森をも破壊した方にとってワシなんぞ塵にもならんだろう。どうか無視してくださって結構です。ただ街の住人が怯えてしまうのでささっと出ていってもらえば‥‥、あ、いえ! なんでもないです!! どうぞお好きなだけ滞在されていてください!! ただ、あの一日だけでも早く出てってくださればありがた、あ、いえ! その旅の支援などもさせていただきますのでどうか!!! 命だけは!!! 」

「‥‥‥!? 」



 な‥‥‥。い、命乞い!?



「え‥‥‥、イェレロの街という名誉な肩書を持つ方が‥‥‥、そんな‥‥‥!? 」

「む?森の破壊者様のお連れ様? 何を言っているんだ? 」



 すっかりヴァンを森の破壊者認定している領主さまが不思議そうな顔で私の方を見る。



「こんな街、押し付けられたに過ぎまないぞ? 」

「は? イェレロの街が? 」



 押し付け、なんて考えられない。


 ここの領主になりたい貴族なんてたくさんいるはずなのに‥‥‥!!



「なんせここは人族以外との交流が少ない、いや全くないとでも言えばよろしいか? そんな街に価値はない、というのが我ら貴族の認識じゃ。ワシもさっさとこの街を他の物に押し付けたい。」



 ‥‥‥!!そういうこと!!


 時間が巻き戻る前は『人族しかいない』というのが売りだった。誰も亜人なんかと会いたがらなかったから。



 でも今は『人族がいない』ということがよくないことなんだ。なぜなら教会の方針が『亜人との共栄』にあるんだから亜人との交流のほうが大事なんだろう。だから亜人が全くいないこの街を誰も欲しがったりしない。



 観光資源が『人族がいない』という点しかなかったことによりイェレロの街は厄介な土地‥‥‥。


 そうなればこの領主さまも有名貴族ではなく、下の貴族の人‥‥。しかもこんなに謙っているしヴァンを処刑したりしないだろう。‥‥‥チッ。



 それにしても領主さまって本当に貴族なの‥‥‥?


 だって、


「あのぅ‥‥‥、滞在期間、短くしてもらえませんでしょうか? 後生です!! 何卒!! こんな爺を救うと思って!! 」

「や、やめてくれぇ!! 」



 だって今、ヴァンの足にしがみついて頬をスリスリ‥‥‥。吐きそうな光景だ。領主としての威厳も何もない。


 しかも領主さまの外見がちょいメタボだから余計‥‥‥。オウェ‥‥‥。



 今思い出したけど、兵士さんも『弱気』だの『シャイ』だの言ってたな‥‥‥。確かに。でもこれってそういう感じじゃなくない?どっちかっていうと媚びましまし‥‥‥。よほど私達という恐怖の元を追い出したいのだろう。でもヴァンが森の破壊者ってことになっているから下手に刺激できないからこんな下手に‥‥‥。



 そんな事を思っていると、どんどん気色の悪いことをしだす領主さま。



 ヴァンもかなり顔を引きつらせながら、領主さまを剥がそうと苦戦している‥‥‥、がなかなか離れてくれないようだ。



「いい! もうすぐに出ていく! デモンを倒した報酬さえ貰えれば!! 」

「ほ、報酬なんて無理です‥‥‥!! お金ありましぇんんん!! 」

「お前のお腹はどうやってできているんだよ!! 飯をたらふく食っているからじゃないのか!? 裕福だからじゃないのか!? 」

「体質ですぅ!! 少食ですぅ! うちの領地は税収少なすぎなんですよぅ!! 」

「嘘だ!! 」

「嘘じゃないですぅ!! 」



 ‥‥‥報酬は期待できそうではないことが領主さまとヴァンの会話で分かる。



「ヴァンは報酬に何をもらうつもりなのですか? 」

「ああ、ちびっ子にはまだ言ってなかったな。俺はシュテット王都学園への推薦状がほしい。」

「シュテット王都学園、ですか?」



 その学園は王都にある、時間が巻き戻る前の私の母校だ。確か11歳になるかならないかぐらいのときに入って魔術について詳しく学んだ。懐かしい。


 けどなんでシュテット王都学園の紹介状を? 訳がわからない。確かに学園に外部の人が入館するには貴族が書く紹介状が必要っていう話は在学中には聞いたことがあったけど‥‥‥。



「それだけで?」

「あと、旅の準備とオブジェクト・バッグ、それにほんの少しの旅賃がもらえれば今すぐにでも出ていく。それが報酬だ。」

「ほ、本当ですか‥‥‥! いや〜!! 助かります!! 街の人々がみんな怖がっちゃって参っていましたので‥‥‥。今すぐ用意させていただきます!! おい。」

「かしこまりました。」



 領主さまはデモンを討伐した割にヴァンの要求が少なかったことに喜びを覚えたのか、本音をポロポロ溢しながら、待機していたメイドさんにヴァンが言ったものを持ってくるよう指示していた。



 それが終わると、一旦領主様が部屋の外行ってしまった。その間に私はベッドから起き上がって豪華そうに見えて、実はそうじゃなかったことに気が付くなど、税収少ないことが本当であることを確信しながら部屋を見ていたら、領主様が戻ってきた。どうやら紹介状を持ってきたようだ。領主様は紹介状をヴァンに渡しながらニヤつく。



「いや〜。それにしても一つ伺いたいことがあるのですが‥‥‥。」

「なんだ? 」



 揉み手をする領主さまにヴァンが怪訝そうに見ると、領主さまはその手で私を指さした。



「彼女とはどういった関係で? 」

「ああ。ちびっ子のことか。」



 まあ、若い青年と幼女が一緒に旅をしていたら疑っちゃうよね。



「まさか奥方‥‥‥、ですかな?」

「ぶっ‥‥‥!! ちげーよ!! ロリコンじゃねえ!! 俺は!! 」

「違います!! そんなの死んでも嫌です!! 」

「ちびっ子!? 」



 どこに『ちびっ子』呼びができるような10歳児を妻にするか!!



「ああ、ではお子さんですか? 」

「いや、こんなに可愛げのない子供、俺が嫌だわ。」

「は? 何言っているんんですか? 私ほど可愛い子供がこの世にいるとでも? 」

「お前以外は全員愛くるしいわ! お前は汚れ過ぎなんだよ! 」



 駄目だ‥‥‥、領主さまが発言する度に私とヴァンとで喧嘩してしまう‥‥‥。



「それでは、お二人はどういったご関係、」



 そう領主様が言おうとしたときに、控えめなノック音が聞こえる。



「入れ。」

「失礼いたします。」



 静かに開かれた扉の先にはさっき報酬の準備を領主さまに任されていたメイドさんだった。やけに帰ってくるのが早い。



「領主さま、その‥‥‥、騎士さまたちがいらっしゃっていて‥‥‥。」

「騎士?なぜだ?」

「いえ、それがよく分からなく‥‥‥。」



 メイドさんにも領主さまにも心当たりがなく、両者が眉をひそめた。


 どこの国も騎士を持つ。それが兵力にもつながるからだ。もちろん我が国もいる。


 我が国の犯罪を取り締まるために国家が持つ『騎士』がやってきたらしい。


 しかも貴族の家に。



 その意味はただ一つ。何かその貴族の家で犯罪が起きてしまったということだ。




 でも、今は何も起こっていないはず、なのだが何故‥‥‥?


 そんなときだった。だんだん騒がしい音が近づいてくるのがわかった。





「騎士さま!?領主さまのお許しもなく立ち入りは!!」

「すまない。緊急なんだ。」



 そんな会話が聞こえた気がした。


 怒声が時折投げかいあうのがよくわかった。



 やがてその音の主たちがこの部屋に入ってきた。ばんっ、と勢いよく扉を開けて着たのがわかりやすかった。


「何か用があるのか?」



 さっきとは違い、威厳のある声で領主様はこの部屋に乱入してきた団体に尋ねる。するとリーダーらしく、服装が一際目立つ男が話した。



「イェレロの第45代目領主のイェヴァ・トンヴェイ・パッテェニヴェ様ですね。」

「ああ。その通りだ。」

「突然の無礼をお許しください。我らは白蝶騎士団。実は指名手配犯がこの館にいるところを部下がたまたま見ていたので急遽こちらに。」



 そう名乗る彼らは十何人といて、完全武装している。


 白蝶騎士団は時間が巻き戻る前にも聞いた名前だ。治安維持や事件の捜査などが主な任務だったはずだ。隊服は白で、彼らも白色の服を着ている。‥‥‥一致、する。前の世界と同じものを見て、なぜだか少し安心してしまう。



 他にもあと3つあったはずだ、けど‥‥‥。待って!?指名手配犯?そんな凶悪な人が近くに?



「その指名手配犯とは‥‥‥?」

「それは‥‥‥。」



 そこまで言うとそのリーダーの男がある人物に向かって指差す。


 途端にリーダーの後ろで待機していた人たちも武器を抜いてその人物のもとに突撃した。



「おい。そこの狐人!! 子供を攫った罪でお前を捕縛する!! 」



「へ? 俺?? 」


 騎士さまたちに武器を向けられている人物。




 __それは、ヴァンだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る