〈閑話〉某村人の騒動
「あなた、大変! エリースちゃんが誘拐されたらしいわ!! 」
「な、え、エリースちゃんが!? 」
「そうなの!! さ、さっきね!! 教会の支部に、お、訪れた謎の商人が!! ああ、エリースちゃん!! 」
「落ち着け! 教会の支部に訪れた商人がエリースちゃんを誘拐した。そういうことなんだな!? ‥‥‥はあ!? 」
お隣に住むエリースちゃんが誘拐されたらしい。この話は村に激動を与えた。あたしもこの話を聞いて怒りで落ち着いてなんかいられず、すぐに旦那のもとへ向かった。
旦那もエリースちゃんが攫われたと聞いて顔を真っ赤にしていた。
「ええそうよ! 今村の人たちで探しているの。誘拐犯の人相は二十代の男の人で顔が整っている獣族らしいわ!! 」
「なら俺も参加してくる! お前はこの話を知らない村の人に言ってくるんだ! 特にじいさまばあさま辺りは知らないだろうから、事情を話して知恵を借りてくるんだ! 」
「分かったわ! 」
ああ、エリースちゃん‥‥‥。
村にはエリースちゃんと同じ世代の子供はいなかった。ちょうど時期みたいなものがずれてしまったのだ。いるのは彼女よりもうんと年上か年下か。彼女にとっては少し生きづらい村だったかもしれないが、私達大人からすれば彼女のように可愛らしい顔立ちをした、若く愛想のよい善良な性格の持ち主がいることはこの上ない幸せだった。
その上、魔術が使える才能の持ち主だ。教えていないため、いや、魔術を使えない私達が教えられないため、まだ彼女は使えないだろうが。でも、才能を持つというだけで人はちやほやしたくなるものだ。
そのためエリースちゃんは村の人気者だった。村を歩けば誰もが話しかけてプレゼントをよくあげたりして可愛がった。特にあたしみたいなおばさんからのファンは多かった。
もちろんあたしもエリースちゃんのファンで、会ったらよく話し、自分で作ったお菓子をエリースちゃんのお母さんは困った顔するぐらいちょくちょくとあげた。エリースちゃんのお菓子を食べる可愛らしさといったら!!思わずぎゅーっと抱きしめてそのすべすべなお肌をナデナデしたいぐらいだった。流石に小さいエリースちゃんを困らせるようなことはできないと自重したが。
そんなエリースちゃんが、誘拐されただなんて‥‥‥! 絶対に許さない‥‥‥!! 大丈夫だろうか。エリースちゃんは。泣いてないだろうか‥‥‥。
不安を抱えつつもとりあえずあたしは長老のもとへ向かった。
長老の家は少し奥まったところにあり、長老自身は時折医者のマネごとをしつつも静かに隠居生活を営んでいる。
そんな長老の家にあたしははしたないと分かりつつもノックもせずにズカズカと上がり込んだ。そこには白いひげを腰まで伸ばした老人が静かに座っていた。
「長老!! 」
「ああ、君も来たかね。」
『も』、ということは既に長老のもとにも誰か来たのだろう。ということはエリースちゃんの件を話した後なのかもしれない。
「実はエリースちゃんの件で旦那に『じじさま、ばばさまのところに事情を話に行って知恵を借りてこい』と言われまして‥‥‥。」
「ふむ。この老いぼれにできることなんぞサラサラないと思うがのう‥‥‥。まあ、良かろう。エリースちゃんは村の宝じゃからな。」
「本当でございますか!? 」
「ああ。」
そういうと長老は多少よろけながらも本棚へ向かい、そして一冊の本を持ってきた。
「ところでお主は誰から聞いたのじゃ? その話を。」
「え?近所の人同士で話していたらいきなりエリースちゃんのお母さんが現れて、『エリースがいない』と。エリースちゃんと直前までいた神父さんによると誘拐されてしまったと言われたそうで‥‥‥。それで当然村の人は大慌てでこの村の中や周辺をくまなく探したのですが、いないのです。長老は? 」
「ふむ。その話を実はさっき神父から聞いたのだ。」
「神父さんに‥‥‥。」
まあ、長老は村長よりも村のひとたちに尊敬されていたし、神父さんが直接言いに来るのも当然だろう。
神父許さん。のうのうとエリースちゃんを攫わすなんて‥‥‥!!
「なあ、お主は獣族の種類を聞いたか? 」
「いいえ。エリースちゃんのお母さんが『犬のような耳だった』と言っていますが、それだと狼の一族などもいるので‥‥‥。」
「やはりか。」
「え?どういうことですか?長老。」
納得がいったような表情の長老にあたしは首をかしげる。
「これを見よ。」
そう言ってさっき取り出した本をめくって、あるページで手を止めた。そのページには獣族の中の狐の一族について書かれていた。
「きっとその犯人の一族は狐じゃ。狐には妖術が使える。詳しい内容は狐一族の門外不出の情報だから分からぬが‥‥‥。その妖術で瞬間的に別の場所に移動‥‥‥、そういうこともあるだろう。逆に狐以外にはこんなにすぐ姿を消すことは無理だ。」
「そんな‥‥‥!! ではエリースちゃんは狐の一族に‥‥‥!? 」
「狐の耳は犬とよく似ておる。犬耳と間違えることもあるだろう。皆に伝えよ。賞金をかけた手配書を街で配ってくるのだ。賞金なら村人が勝手に出すだろう。なにせエリースちゃんの命がかかっているからな。色々な街で手配書を配れば見つかるだろう。」
「分かりました! 村長。皆に伝えてきます!」
__こうして様々な街に手配書が配られることになった。
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