第4話 共栄平和!!

 ******


「おい、起きたか? ちびっ子。」

「亜人‥‥‥!!」

「あー、待て待て。誤解があるようだ。ちびっ子には。」

「誤解‥‥‥? 」


 再び『教会』の支部にて目覚めた私は亜人師匠を見て自分のいた信者席から立ち上がり、戦闘態勢に入って近くにあった燭台で攻撃しようとした。しかし、亜人師匠が私の手を拘束して燭台を奪ったことで阻止されてしまった。


「誤解とは? 」

「いいか? 誰に聞いたかは知らないが人族を含めた全ての生物が世界に祝福されている。もちろん俺たち獣族もだ。」

「亜人ごときが? 冗談はよしてください。」

「いや、本当の話だ。なんならちびっ子の好きな神父様に聞いてみてくれ。」

「‥‥‥話はそれだけですか? 」


 話を聞くだけでもかなりの妥協だ。時間が巻き戻る前ならば姿を見ただけで殺していたことだろう。

 それが教会の大いなる教えである。故に神父様が唾棄すべき亜人どもを祝福しているなんて戯れ言をいう訳がない。今話しを聞いているのは神様に祝福されている人族の一員である私が情けをかけているだけだ。


「ちびっ子、その亜人というのは俺たち獣族だけを指すものなのか? 」

「何を? 亜人と言えば亜人でしょう? 人族以外の種族、それが亜人です。」

「まいったな‥‥‥。これは根強い‥‥‥。そもそもそんな亜人だのなんだの人族至上主義を誰から聞いたんだ?少なくともあの様子だと両親からではないだろ?」

「そんなの教会に決まっています! 教会の大いなる教えこそ私達が守るべき使命です!! 」


 なんで私のことを訳のわからないものを見る目で私を見るの?私は正しい。


「神父様? どうなんだよ。そんな教えをこんな小さいやつに教えているのか?だとしたら、てめえはよっぽどの屑だ。」

「‥‥‥」

「神父様! 」


 壁の陰から私達の話を聞いていただろう神父様が静かに私達の前に姿を表した。


「神父様! 私が正しいですよね? 褒めてください! 私は教会のお教えを守って! 」

「エリースちゃん、お黙りなさい。‥‥‥商人さん、少し席を外していただいてもよろしいでしょうか? 」

「ああ。分かった。ちびっ子の親にもちびっ子が目を覚ましたって伝えてくるわ。」

「感謝いたします。商人さん。」

「しんぷ、さま‥‥‥?」


 なんでそんな怖い顔をしているのですか? 眉間のシワを深く刻んで、唇をギュッと強く噛んで何かに耐える様子が私には不思議に思えて仕方がない。私はあなたの教えを守ったのですよ?

 それに教会の教えを守って、時間が戻る前は亜人の王である『魔の皇帝』を殺したんです! 褒めてくださいよ!! 神父様‥‥‥。何が、悪かったのですか‥‥‥?


「我ら教会の教えは‥‥‥、エリースちゃん、君のいう『アジン』とやらと人族との共栄なんだよ。」

「え‥‥‥、あはは‥‥‥。神父様、冗談は、面白く、ないです‥‥‥。そんな、面白くない、な‥‥‥。あはは‥‥‥。」

「エリースちゃん。冗談じゃないよ。この本を、呼んでごらん‥‥‥。」


 そう神父様が差し出したのは『かみさまのおはなし』と書かれた古びた絵本だった。これだけ古い本は初めて見た。時間が戻る前はこんなにも古い本を読んだことはなかった。


 それに目を通したが、とてもじゃないが信じられない‥‥‥。こんなの‥‥‥。


「〈じんぞくはほかのしゅぞくとなかよくすごしましたとさ。〉!?」


 それは人族と亜人が仲良く暮らしているのを神様が嬉しそうに眺めているという内容だった。


「人族と亜人が、対等!? ま、まさか‥‥‥、そんな‥‥‥!!」

「エリースちゃん。その考えはどこで聞いたんだい? その考え方は‥‥‥。少なくともワシは教えた覚えはない。」

「‥‥‥」


 なんで!? どうして!? 村、いや国全体がこの考え方なのに!! この『人族至上主義』と言われる大いなる教えだって神父様が教えてくれたものだ。神父様、が、教えたのに‥‥‥!!


 私は、亜人を、殺してきたんだよ‥‥‥。今まで‥‥‥。それが、否定、される‥‥‥?


 取り乱していると神父様がそっと私を信者席に座らせて、そして‥‥‥、懐から十字架ロザリオを取り出した。


「もし君が本当にそういう思想を自身の中で抱いているのであれば、ワシは君を殺さなくてはいけない。」

「っ!?」


 神父様が悲しげにそういって十字架ロザリオ‥‥‥、いや、十字架に限りなく似せた短剣を私に向けているのを見てしまい、目を見開く。何で‥‥‥。


「その考え方は危険なんだよ。いや、一介の村人がその思想を持つならば放っておいても問題はなかっただろうね。ただ馬鹿な妄想を持つ可哀想なものと見られるだけなのだから。でも、エリースちゃん、君は違う。『巫子』様と張り合えるぐらいの大きな力を持ってしまっている。しかも急激に、だ。生まれてきた頃から君を見ているワシには分かる。それは、この世界にとってよくないことなんだよ。」

「それって‥‥‥、魔力のことですか?」

「‥‥‥」


 その沈黙が私の言葉への肯定だろう。


 確かに私の魔力は大きすぎる。時間が巻き戻る前よりも、ずっと。何故かはわからないけど最盛期の自分よりも大きいのは確か。


 そんな『力』を持った人族の私が旗頭にあがって『人族至上主義』を掲げたら『人族には女神の特別な祝福が与えられている』とそれを信じる人もいるだろう。しかも急激にそんな大きな力を持ったならば‥‥‥、より『女神からの特別な祝福』という言葉に説得力を持たせてしまう。


 そうなれば、『人族至上主義』に多くの人族が染められていき、戦争になるだろう。私が時間を巻き戻すときと同じように。


「神父様。本当にこの世界では『人族至上主義』、という私の考え方は間違っているのですか? 村の人は、この国の人は亜人と仲良くなることを望んでいるのですか?」

「そうだよ。皆、平和を望んでいるんだ。」

「神父様、わ、私はまだ死にたくないんです。」

「そうだろうね。」

「私は神父様のこと憧れています。好きなんです。」

「ありがとう。エリースちゃん。」

「それでも‥‥‥、殺すのですか? 」

「‥‥‥それが世界のためならば。村のみんなはまだこのことを知らない。君は魔力の暴走で死んだことになる。君の大好きな両親は、君の危険な思想を知らず君の大きな罪を知らず、君は清らかに死ねる。」

「それが、神父様のお願い、なんですか? 」

「そうだよ。」




 淡々と他人と話すような感覚を抱きながら私は考えた。何が最善かを。


 私は、勇者を、殺したい‥‥‥。憎い‥‥‥。だから今、死ぬべきじゃない。それは分かる。

 でも私が、私が! 死ぬことで誰かが喜ぶなら私は死ぬべきじゃないの? それも憧れの神父様がそう言うならば。


 それに‥‥‥、もし私と同じ思想で染まっていた世界でも『勇者』を殺そうとしている私はそれが知られた瞬間、私の価値は畜生と同じになることだろう。


 私が死んで、両親が、神父様が、大切な人が平和な世の中で生きれるならそうすべきだ。勇者の復讐よりもそっちのほうが絶対に決まっている。


 ‥‥‥それならば。



「エリースちゃん、安らかにお眠、」

「少し待ってください。神父様。」


 私のに向かって私の大好きな神父様が短剣を振りかざそうとする神父様の言葉を遮って『お願い』をした。


「何かな? エリースちゃん。それでも君は残念ながらここで死んでもらう。この老いぼれがエリースちゃんを逃しても『教会』の本部から援軍を、」

「はい。それは分かっています。抵抗はする気は‥‥‥、ないです。ただ短剣を貸してください。返すときには少しだけ‥‥‥、私の血で汚れるかもしれませんが。」

「‥‥‥っ! エリースちゃん‥‥‥。」


 先程まで他人事のように冷たい表情だった神父様の顔に動揺が浮かんだ。それはそうだろう。私は自分で死ぬ。そう言っているのだから。今まで私をかわいがってくれた神父様にとって胸が痛むことだろう。

 でも、私を殺すことに躊躇がなかったのは、私のことをあまり‥‥‥。いや、やめよう。こんなことを思ったって無意味だ。だって私は今から死ぬから。



 もう、抵抗する気はない。父のように慕った神父様が死を望むなら私は命を捧げよう。


 でも、


「耐えられない、のです。神父様のその教え導く手が汚れてしまうことが。」

「‥‥‥すまない。」

「平気です。初めてじゃないのですから。」


 そう、死ぬのは初めてじゃない。

 一回は経験したんだ。思ったよりも死のスパンは短かったけど。


 多分、これで私は完全に死ぬ。


 それでも、平和を失うきっかけをなくせるのならば。


 私は神妙な顔をした神父様から短剣を受け取った。


 震えている刃先を首元に向ける。神父様に見守られるなら本心じゃないか。そう思いながら震えを抑え、私はその短剣を思いっきり‥‥‥。











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