第5話 旅立勧告!!


「‥‥‥ん?」


 衝撃が‥‥‥、こない。首には痛みも、ない。何もない。


 その代わりやけに手が痛いし、その痛みで短剣も落としてしまった。



「なんで‥‥‥、生きて‥‥‥。」

「何やってんだよ。ちびっ子。」

「商人さん‥‥‥。」


 そこにはいつの間にか帰ってきたのか悲しそうな顔をした師匠がいた。彼が私の手を蹴ったのだと思考が追いついて分かった。でもなんで師匠がこんなところにいて、何故師匠は私の行動を止めたの?


「おい! ちびっ子!! 何してんだよ!! 命を粗末にすんなよ!! 」

「いつの間に帰って‥‥‥。」

「お前の両親が仕事を休む連絡で出払っていたから一旦帰ってきたんだよ。それよりも、おい! 神父! コイツに何を吹き込んだ!? 」

「‥‥‥この子は多くの魔力を持つ才能とおぞましい思想があります。それは火種になります。『人族至上主義』の。ひいては人族と人族以外の戦争の。」

「ああ?どういうことだよ?」


 バカだ。師匠が予想以上のバカだった。なんで神父様の言葉を理解していないの!?本当に私はなんで一週間土下座をこの人に捧げたのだろう‥‥‥。とほほ‥‥‥。


「つまりなんだ? コイツの『人族至上主義』の考え方と魔力の才能が生きてはいけない理由になるって言いたいのか? 」

「残念ながら。エリースちゃんの、彼女の才能はずば抜けています。彼女の才能はきっとたくさんの役に経ったのでしょうが‥‥‥。」

「あー、まあ、ちびっ子の魔力の才能ならな。」


 やっぱりバカな師匠も私のことようやく分かったのかな?これで私は‥‥‥。


「なら、俺が引き取ろう。」

「は?」


 は??何いってんの師匠!バカでしょ!!

 いや、さっきからバカだったわ。っていうか今までのボッタクリ商人ぶりはいずこに!?


「だっていらないのだろう? 捨てたいんだろう? じゃあ、俺がもらっていくわ。そういう訳じゃあな。」

「「は?」」


 今度ばかりは神父様も唖然としていた。

 いつの間にか私の手を取り、私を立たせた師匠は一言呟いた。


「瞬間転移。」








 視界が一瞬グニャリと曲がったかと思うとすぐに戻った。戻ったのだが‥‥‥。


「ここどこ!? 」


 師匠!? 何やりやがった!!


 私達がいる地面には‥‥‥、緑に覆われていた。村は森で囲まれていた。こんな草原みたいなところはなかった。


 つまり‥‥‥、村から離れたところってわけだ。



 ‥‥‥はああ?



「何をしたんですか‥‥‥? 」

「まあ、妖術っていううちの一族にしか使えない技っていうのがあるんだよ。人族にとって魔術みたいなもんさ。俺結構できるほうだからさ。」

「いや、できる方だからって‥‥‥。」


 まさかいきなり草原に行かされるとは思ってなかった! びっくりしたんだけど!! 視界が曲がったかと思えば草原来てたって!!


 というか妖術万能だ!! 魔術では瞬間移動が不可能であることがいろんな理論によって証明されているのに‥‥‥。


「まあ。妖術も全能じゃないんで‥‥‥。ごほごほっ!」

「ちょ、血が出ているじゃないですか!?」

「まあ、このように寿命を削る技なわけで、ごほっ‥‥‥。」

「しゃべんないでくださいー!!」


 とりあえず師匠を寝かせたり何たりとしていたらなんとか師匠の状態が安定した。


「あの、とりあえず帰してもらえませんか?家に帰りたいんですけど‥‥‥。というか、これ誘拐なんですよね‥‥‥。捕まっていないといいですね。」

「ああ、まったくだ。手配書なんかが発行されていたらこれからの商売にも影響が出そうだな。」

「‥‥‥家に帰らせてはくれないんですね。」

「ん? お前も嬉しいだろ? 嫌な両親から逃げれて。」

「‥‥‥。」


 その妄想、まだ続いてたのですか‥‥‥。


「私、あの家が大好きなんです。大切にしてもらっていたんです! あなたも見たでしょ!? 私を心配していた両親を!! 」

「いや、あれは演技だろう‥‥‥? 他人がいるとあんな感じなんだろう? 」


 そんなわけあるか!!妄想はかどりすぎ!!バカだ!!


 ‥‥‥いや、さっきからバカだったわ。っていうか今までのボッタクリ商人ぶりはいずこに!?

 もういいや。師匠の誤解を解くのは時間しかない。次にいこう。


「なんで、死なせてくれなかったのですか。」

「ちびっ子みたいな子供が大人の事情っていうクソダサい理由で死んだ目しながら死ぬのが胸くそ悪いからだよ。子供が死のうとするな。子供はうるさくわーわー騒いでいればいいんだよ。それが仕事なんだよ、ばか野郎。」

「そんなことで‥‥‥!? あなた‥‥‥、話を聞いてたんですか?」

「話ってさっきのクソ神父のか? 」

「そうです! 本当に聞いてたんですか? 」


 思わずバカにするように言ってしまうと、師匠はふんっと鼻で笑って大きな声で話した。


「俺にはあれで死ななきゃいけない意味が分からなかった。確かに平和は保つべきだ。」

「なら! 私は死ぬべきで!! 」

「だ・か・ら! お前のその『人族至上主義』の思想を変えればいいんだろ? 」

「思想は‥‥‥、そう簡単に変わるものではないのです。」


 師匠はまだ平気なのだ。時間を巻き戻す前にさんざん人族として接してきたし、そのフードさえ被ってしまえば獣族だってわからないから嫌悪感も少ない。


 でも、それでも私は亜人である師匠に心を開きたいと、仲良くしたいとは少しも思わない。まあ、元々があれムカつく人だったからっていうのもあるけどね。


「はあ‥‥‥。どこでそんな『人族至上主義』の話を聞いたかはわからないが、洗脳だってなんだって、実際の世界に、人族以外に会えばまた違う視線から見えるものがあるだろ。それを見て聞いて体験すれば『人族が一番! それ以外はいらない!! 』なんてはならないだろ。」


 もし普通の10歳の少女がただ洗脳でそれを聞いただけなら問題はないだろう。‥‥‥でも、私は時間を巻き戻す前は亜人と’’戦争’’をしていたのだ。何人も何人も亜人を殺した。何回も亜人に騙され、傷を負った。亜人が汚いものだってこの身に染み付いてしまっているのだ。


 生物を殺すのは最初は怖かった。でも『人族至上主義』はそんな私を支えていたのだ。それを奪われたら私はあのときの行動をなんていえばいいの? 私は‥‥‥、間違ってなんかない。人族が一番に決まっている。それが否定されたら『私』が否定されることとおんなじだ。


「それに魔術は訓練次第でなんとかなる。あのクソ神父も言っていただろ?ちびっ子の『才能はきっとたくさんの役に経ったのでしょう』ってな。そうだよ。お前の力は危ないだけじゃない。」

「でも‥‥‥。」


 魔術は‥‥‥、人によってはそうかもしれない。でも、私は違う。亜人の命を奪う道具として使っていた。




 私は今更、変われない。



 もういいや。なんかどうでもよくなってきちゃった。魔力を暴走させた疲労や神父様に殺されかけ、しかも強制的に家から離れさせられるという罰ゲーム付きだ。私が何をしたっていうの‥‥‥。もうなにがどうなってもよくなってきた。


「師匠。」

「あ? 師匠って俺のことか? 師匠? 」

「私、17歳なのですよ。」

「は? いやそのなりでそれは嘘だろ。」

「どこ見ていっているんですか。キレますよ。」


 寝転びながら私のちっちゃな山を見る師匠に一発殴りたい。将来の私は大きいです!!‥‥‥きっと。


「で? 17歳(笑)のちびっ子? どうして今そんなことを、」

「笑わないでくださいよ。私、時間を巻き戻して来たんですよ。それで10歳になったんですよ。まあ、未来から来たって言えばいいんですかね? 」

「は? 」


 口を半開きにした師匠が面白い。そのことで興に乗った私はそのままペラペラと喋った。


「私と師匠が出会ったのはちょうどこの年です。師匠はそのとき、私の村に滞在してボッタクっていったのですが、その滞在期間中に『弟子にしてくれ』って頼んだんですよ。断られましたがね。それに‥‥‥、」


 それからは私の口が回るわ回る。もう自分でも何言っているかわかんない。


「__それで私は故郷を滅ぼした勇者許すまじとこの世界にやってきて勇者に復讐を誓っているのです。」

「もしかして『人族至上主義』っつーのはそのときに布教されていたのか?」

「はい。もう『教会』を中心に全国民が唱えていましたよ。『亜人は下賤だ』って。」

「だからそんな変な考えを持ってたんだな‥‥‥。」

「信じるのですか? 私が未来から来たことを? 」


 こんな突飛すぎる話を? 私だったら信じないけど。


「まあ、信じられないは信じられない。」

「ほら」


 ほら! やっぱり信じてもらえないだろう。


 今は何も考えずに疲労のままにこんなことを言っているけど、『未来から来た』なんて通常の私だったら言わない。信じてもらえないのなんてすぐに予想がつくからだ。


「なら、確かめてみればいいじゃないか。俺と一緒に旅をして。それからちびっ子の話が本当化どうか確かめる。ついでにちびっ子も旅の間で価値観を変えればいい。」

「た、旅‥‥‥? 養子だけでは飽き足らず‥‥‥!? 」

「嫌か?」


 さっきまで気持ちよさそうに寝転んでいた師匠が起き上がって私の顔を覗き込んだ。


「いや、です‥‥‥。」

「嫌なら何で逃げ出さないんだ? 魔術で瞬間移動はできないだろうがそれでも逃げ出すことは容易だろ? どうだ? お前は確か俺のことを誘拐犯だと言ってたな。お前にとって誘拐犯である俺を魔術で捕まえて逃げればいい。俺は妖術を使ったからな。しばらくは万全とは言えない状態だ。魔術を使えるなら生計だってたてられるだろ?その金で故郷に帰ればいい。」

「それは‥‥‥。」


 師匠の言うとおりだ。私は逃げればいい。なのになんで私は逃げないんだろう‥‥‥?


「それは、お前が逃げたかったからじゃないのか? 」

「逃げるって、何から‥‥‥? 」

「それは知らん。お前の両親からなのか、あのクソ神父からなのか、はたまた村からかは知らないがただ一つ言えるのはお前が逃げたがっているということだけだ。じゃなかったら俺みたいな知らない人に反抗せずに一緒にいないだろう? 」

「そんなはずはありません! 私は大好きです! 親も神父様も村も‥‥‥!! 」

「そういいつつ逃げないのは何故だ? 」


 なんで。なんで‥‥‥? 親も神父様も故郷も大好き。だからこそ私は勇者が憎い。なのに‥‥‥、なんでそこから逃げたの?


「わかり、ません。」

「なら答えが出るまで一緒に旅をしないか? ちびっ子の考え方が変わらなくてもいい。魔術が使いこなせるようになるまでとも言わない。ただ、ちびっ子がなんで俺から逃げないのか。何から逃げたいのかが分かるまで旅をしてみないか? 」

「お試し、ですか。何の利益があってあなたはそんなことを‥‥‥。」

「言ったろ? 子供はうるさくわーわー騒いでいればいいんだよ。利益だのなんだの難しいことは考えんなよ。」

「そんなアホみたいな理由で私は誘拐されていましたね。忘れていました。あと私は17歳です! 」

「身体は10歳だろ? それに17歳も十分ガキだ。ま、任せてみろって。この天才様に! きっと楽しい旅になるぜ? 」

「師匠は‥‥‥、それでいいのですか?私は死んだほうがいい人げ、」

「だ・か・ら! ガキはあんまり難しく考えるなって! 将来考えすぎてハゲるぞ。」

「なっ!!」


 だ、だだだだだ大丈夫!! 17歳まではふさふさだったから!!


「ははは!! 今ハゲるかも〜とか思っただろ?」

「お、おお思ってないですし!! 」

「まあ、本当に考えなきゃいけないときに一生懸命考えろ。あとは考え過ぎんなってことだよ。別にお前がハゲるって予言しているわけじゃないから泣くなよ〜? 」

「泣きません!! って、違う! 汚らわしい亜人なんかを信じられるわけないじゃないですか!! 一緒に旅をしようってどうせ私を裏切る気でしょう!? 」

「あちゃ〜、いい雰囲気だったんだけどな‥‥‥。別にお前が嫌ならいい。でも、俺はお前に幸せになってほしい。おっと!! 『見ず知らずの私なんか‥‥‥』『亜人風情に‥‥‥』とかは言うなよ? お前に似たやつを知ったいるんだ。だからこそ願ってしまう。お前の幸せを。‥‥‥これが最後の問いかけだ。どうだ? お試しでもいい。一緒に旅に出ないか? 」



 ”一緒に、旅しよう”


 その言葉が思い浮かぶ。私はそう言った人勇者に裏切られた。また、裏切られるかもしれない。亜人を信じようとするなんて愚の骨頂だ。





 でも、


 ”命を粗末にすんなよ!! ”

 そう言ってくれたこの人をほんの少し。ちょっぴりだけ信じてくのも‥‥‥、悪くはないかも、しれない。




「‥‥‥しょ、しょうがないですね。特別ですからね!! 」

「本当か!? ちびっ子!! 」


 嬉しさのあまり飛び跳ねるその人に口元が緩んでしまう。無邪気に私と旅ができることを喜ぶその人を。


 ‥‥‥ってダメだ!! 私!! 亜人なんかを見て口元を緩ませるなんて!! あ、でも私はこの考え方のせいで神父様に‥‥‥。


「ああ! もう!! 」

「ち、ちびっ子? 」


 矛盾していく思考回路にムカついて大声を出したら師匠をビビらせてしまった。


「あ、すみません。師匠‥‥‥。」

「あ、その師匠っていうの、やめないか? 俺はまだお前を師匠になってないわけだし。」

「あ、そうですね。なんて呼べばいいですか? 」


 にしても本当に師匠とこの目の前の亜人が同一人物とは思えない。まあ、前の人生では私と同じ考え方の人ばっかりだったからか師匠は誰に求められてもフードをとることなかったから私を含めたみんな師匠のことを人族だって思ってたし‥‥‥。

 それに土下座なんてしなくても目の前の師匠に『弟子にして』って言ったら即オーケー出そうだし。不思議だな‥‥‥。


「そうだったな。俺の名前はヴァレリア・マーチャント。魔術商品の商人をしている。」


 不思議不思議‥‥‥。師匠の名前が女性名だなんて‥‥‥。




 ‥‥‥は? 女性?



 はは‥‥‥、聞き間違いですよね‥‥‥。師匠、男の人の格好してるし‥‥‥、男の格好しているし‥‥‥、そんな、まさか‥‥‥、あはは‥‥‥。


「ヴァレリアって言うのは長いから‥‥‥、う〜ん。ヴァンって呼べなー?ちびっ子はちびっ子のまんまでいいや。」

「聞き間違いじゃない!? 」

「お?どうしたんだ? ちびっ子?」


 いや、普通に男の人の格好をしている人が女性なら分かる。そういうもんだってわかるんだけど‥‥‥、師匠だけは嘘だと思ってしまう‥‥‥。イケメンすぎない‥‥‥!?


 た、確かに師匠の声は特徴的だ。なんというか低いはずなのに通常の男の人よりも高く感じる。線だって細い。


 でもさ、でもこんな言葉遣いして、かっこつけたこと言って女性〜〜!?


 しかも提案しているあだ名は男性名だし!!




「し、師匠、って女‥‥‥? 」

「おう! なんだ、前の俺は教えなかったのかよ。ちょっと訳ありでな。ヴァンって呼べよ? ちびっ子。」

「はぁ‥‥‥。」


 時間を巻き戻して分かったこと:師匠が女だった。



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