inaka story

寅田大愛(とらただいあ)

第1話

1、



 自分ん家の前にある、大きな山のなかの、あたしたちの共同の畑を見に行ったら、本当に見事な真っ黒いグラウンドピアノが堂々と一個、実っていた。

 どの家庭の洋間にも優雅に置いてありそうな、そいつのいるその畑は元々カボチャ畑だが、他にも隣にはサツマイモ畑やニンジン畑なんかがある。んで、なにかの拍子にこんなふうにグランドピアノが1000個に一個くらいの確率で実るのだった。だから、あたしたちからしてみれば、グラウンドピアノはカボチャ科である。

 黒々とどうしようもなく大きく、つやつやと光る、四つ足の、見るからに逃げ足の速そうな――まあそいつらは逃げないが。もちろん――たいそう高貴そうなグラウンドピアノ。黒いしかっこいいし格式高い気品を兼ね備えているから多分クロヒョウみたいに、いざとなったら俊敏に走って逃げるのではないかとあたしは密かに疑っている。そんで、そいつらが本気を出したらトップスピードは目にもとまらぬ速さなんだ。絶対。そいつらはお上品なので、あたしの前で慌てふためいたり、ばたばたみっともなく取り乱して走り回ったりするような真似は決してしないが。あたしには隠したってわかるのだ。

 空はよく晴れていて、どこまでも果てしなく青かった。のびのびと自由に育ちまくった背の高い高い生い茂る木々たちを、そのまま、うどんでも啜るみたいに、あるいは掃除機で吸引するみたいに、強烈に飲みこんでしまいそうな感じがした。いや、あたしからしてみると、空というものは決まっていつだって、なんでもかんでも――バラバラになった宇宙船の欠片だの風船の残骸だのなんだのかんだの結局どこにも行き場がなくて放り込まれたものを、器用に吸い込んで飲み干して平然と真っ白い顔で微笑んで見守っているような気配がしていた。それでいて同時に、気が遠くなって凍りついてしまいそうなほど、広くて広くて、本当にそれはそれは泣きたくなるくらいで、あたしがどうやったって手が空気すらをつかむことは絶対にないように、あたしをどうしようもないもどかしくかつ虚しさでいっぱいの気持ちにさせるのだった。

 ああ。あたしは眩暈を覚えながら、額に滲んできた汗をぬぐい、ご先祖様があたしを見ている、とだけ小さく言った。ご先祖様。どこのだれだかよくわからない人たちだけど、あたしは山にくると必ず思い出してしまう。背後と言わずいたるところからとしか言いようのないのがもどかしいのだが、視線のような、眼差しのようなものを自然と感じとってしまうからだ。

 あたしは息を切らしながら、片手に持った中くらいの鎌で、群がるように畑のまわりに生えている雑草類をざんざんざんと薙ぎ払いながら、そっと今回の大収穫物――グランドピアノ――に近づいて行った。気配を消して。息を飲んで。


 

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inaka story 寅田大愛(とらただいあ) @punyumayo

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