0.1%の奇跡

だい

ありがとう

 高校3年の3月期は、実質1月いっぱいで終わりだった。

 卒業までの残りの期間、大学入試を控えている者は自宅や学校で受験勉強の最後の追い込みをすることになる。



 専門学校への進路が決まっていた僕は、春からの1人暮らしの足しにとバイトを始めた。

 学校へ行かなくなったせいで、友達と会うことがほとんど無くなってしまったのは少し寂しかった。


 2月も10日程過ぎたある日、女友達の里穂から電話がかかってきた。

「はいはーい。久しぶりー。」

「もしもし、大地?久しぶりって、まだ2週間もたってないと思うんですけど。」

「いや、なんか、学校にも行ってないし、みんな受験前で、誰とも会ってないし、電話するのも久々で。」

「その状況、私も同じなんやけど。」


 里穂は、推薦で東京の大学に行くことが決まっていた。


「えっと…、早速本題。明日って空いてる?」

「うん、明日はバイト休みで1日フリー。」

「じゃあ、ちょっと渡したい物もあるから、会える?」

「オッケーオッケー。他にも誰か呼んで遊ぶ?」

「あ~…、ゴメン。明日は2人だけがいいかな。私があんまり時間がなくて。」


 里穂とは、男女混合のグループでよく遊んでた。2人だけで会うことって今まであったかな?


 ここでふと思い出す。今日は2月13日で明日は2月14日。渡したい物。2人だけで…。

 きっと去年もくれた義理チョコだ。去年は学校で渡してくれたけど今年は学校に行かないから、会って渡したいと。そういうことだ。

「うん、了解。」


 待ち合わせの時刻と場所を決めて、電話を切った。



 2月14日の午後1時。待ち合わせ場所である、通学路の途中の川の土手の石階段に座って里穂を待っていた。

 2月にしては暖かく、天気もよくて気持ち良い日だった。


 3年間、毎日自転車で通った道だ。この道を学校へ向かって自転車をこぐのも、もう数えるほどなんだと思うと、すごく大切な場所のように思えてきた。



「お待たせ。相変わらず時間はきっちり守る男なんやね。」


 それほど待つこともなくやって来た里穂は、僕の隣にストンと座った。

「待たせるより、待つ方がいいからな。」

 買っておいた温かいミルクティーを渡しながら言った。

「わ、ありがと。…何て言うか、そういうトコやねんな、やっぱり…」

「え?なんて?」


 途中からボソボソと声が小さくて聞き取れなかった。


「何でもない、何でもない。独り言。」


 ペットボトルのふたを開け、ミルクティーを1口飲んでからフーッと息を吐き出し、改まって里穂が話し出した。


「今日は、大地にちゃんと話したいことがあって。」

「うん。…うん?話し?」

「私が大地と遊ぶようになったのって、高2くらいからやん?」

「うん。そうやったな。」


 里穂とは最初、友達の友達というつながりで知り合った。


「でもな、でも、私は1年の頃から大地のことは知ってた。」

「え?俺ってそんなに有名人やった?」

「あはは、違うって。…は~、やっぱ覚えてないか…。ここを待ち合わせの場所にした理由わかる?」

「………いや、全然。」


 正直、ここまでの話の流れが全く理解できていなかった。


「入学式の日の朝、私と大地ここで初めて会ったんやで。」



 突然思い出した。

 約3年前の入学式の日の朝、確かにこの辺りで自転車のチェーンがはずれて困っていた女の子を助けたことがある。

 自転車が好きだった僕は、少しくらいのメンテナンスや修理は自分でしていたから、外れたチェーンを直すくらいは簡単だった。


 道の端で自転車を停めてしゃがんでいる女の子を見付けて声をかけた。

「どうしたん?大丈夫ですか?」

「え?えっと、あの、チェーンが外れたみたいで。」

「あ~…、それ、俺直せます。」


 外れたチェーンを歯車に引っかけ、ペダルを手でまわすと簡単に直った。


「これ、だいぶチェーンがゆるんでるから、自転車屋さんに持っていってちゃんと直してもらった方が良いですよ。」

「あ、ありがとうございました。ごめんなさい、手真っ黒…」

「ん?あ~これくらい大丈夫です。じゃ、お先に。気をつけて。」




「えっ?えっ?あれって里穂やったんか?ゴメン、今まで完全に忘れてたし、全然気付いてなかった。」

「もうっ!まぁ、そういうトコ大地らしい。誰かに優しくしたことをいちいち覚えてないくらいみんなに優しくて…。」


 そう言うと、里穂は俯いてしまった。


「どうした?」


 僕が顔を覗き込もうとすると、里穂はスッと立ち上がり、僕の後ろにしゃがんだ。

 そして、僕の上着の裾をぎゅっと掴み、少し震えた声で続きを話した。


「私、もう1回ちゃんとお礼が言いたかったんやで。制服で同じ学校の生徒やっていうのはわかったけど、学年も名前もわからないし。」

「名乗るほどの者でもないから。」

 脇腹をつねられた。


「でも、すぐに見付けて、同じ学年ってわかって。でもでも、大地は私とすれ違っても全然気付いてくれなくて。」

「…。」

「でね、悔しいから、これはもう大地と友達になるしかないって思って、いろいろ頑張って、2年になってからやっとつながりができて…。」

「そうやったんか…。」

「うん。…ううん、違う。本当は友達になりたかったじゃない。馬鹿みたいって思うかもだけど、あの時、入学式の朝に大地に一目惚れした。それからずっと片想いしてた。大地の彼女になりたかった…。」


 僕の背中に、トンと里穂のおでこが当たる。


「ずっと…ずっと、大地の、ことが、好き、やったん、やで。」


 その声はもうとぎれとぎれで、涙声で、でも3年分の思いが詰まった物凄く力強い言葉だった。


 里穂が落ち着くまで、しばらくそのままでいた。



「里穂。」

「うん?」

「ごめんな、鈍感な俺で。」

「ホントに。私結構、振り向かせようと頑張ってたと思うけど?」

「ははは、今から思えば、思い当たることはあるかも…。里穂が真剣な気持ちを伝えてくれたから、俺も真剣に伝えようと思う。」

「うん。」


 里穂は、僕の背中からおでこを離して立ち上がると初めと同じ位置、隣に座った。


「里穂の告白、すごい嬉しかった。大げさかもしれんけど、俺の生き方間違ってなかったなって思った。」

「生き方とかまでいうと、すごく大げさ。」

「うん。誰にでもやさしいのって、八方美人とか言われてんのかなとか思うこともあった。でも、やっぱり間違ってないって自信持てた。」

「そこまで言われると、なんか、どういたしまして。」


 僕は隣の里穂の目をしっかり見てはっきりと言った。


「でも、ごめん。里穂の気持ちには応えられない。」


「はぁ~。やっぱりダメか…。」


 視線をはずして空を見上げた里穂は

「理由はズバリ、優ちゃん?」

 と聞いてきた。

「うえっ!なんでそれを?」


 優は僕の幼馴染みで、初恋で、片想いの相手だ。たが、そんなことは今まで誰にも話したことはなかった。


「あのさ、私何年片想いしてたと思うの?大地のことは誰よりも見てるし、それに片想いしてると片想いしてる人が何となくわかる。」

「俺は全然わからなかったけど…。」

「だから鈍感。」


 バスっと軽めの肩パンチがとんできた。


「100%の確信があったわけではないけど、99.9%くらいはそんな気はしてた。」

「それは、かなりの高確率だと。」

「残りの0.1%にかけてみたんやけどね…。はぁ~ダメだったか~。」




「私な、東京の大学行くやんか。」

「うん。」

「実はな、親も転勤で家族で東京に引っ越すねん。」

「え?」

「だから、最後に、もう失うものはないし、たった0.1%のかけができたんやと思う。」

「…。」

「もし、奇跡が起きて大地と恋人同士になったら、私は遠距離恋愛する自信は100%あったよ。」

「…。」


 バシッと、今度は里穂のおでこではなく、手の平が背中にとんできた。


「しっかりしろ、大地。私は気持ちを伝えられて本当に良かったよ。大地の真剣な気持ちも聞けたし。」


 スッと立ち上がった里穂は僕を見下ろして

「次は大地の番。」


 僕も立ち上がると、里穂が右手を出してきた。僕も右手で里穂の手を握り握手した。

「それとこれ。上手くいったら本命になったんやけど…。私からの最後の義理チョコ。」

「ありがとう…。ありがとう。」


 チョコを僕に渡すと、

「楽しい思い出をいっぱいありがとう。じゃ、お先にね。気を付けて。」


 そう言って里穂は去って行った。その後ろ姿は、振り向きもせず、下を向くこともなく。でも時おり、手で目のあたりをおさえるような仕草を僕は見逃さなかった。



 1人、土手に残った僕はさっきの里穂の言葉を思い返していた。

『次は大地の番。』


「里穂、ありがとう。」

 里穂の出した勇気のほんの欠片でも欲しくて、もらったチョコの包みをあけて1つ食べた。


 そして、携帯を取り出し、電話帳を開いた。0.1%の成功率を信じて。























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

0.1%の奇跡 だい @dai-m

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ