バレンタインチョコのかわりに

れん

初めての彼女とバレンタイン

小中学校では女子から汚物のように扱われ、汚いとか臭いとか、散々言われ続けた。


眼鏡でアニメとゲームが好きと言うだけでオタクっぽいとからかわれ、怒れば余計にからかわれ、勉強もできず。順位も人間性も底辺。


ひねくれ者の俺は卒業文集で堂々の生涯独身で良そうな男ぶっちぎりの1位。


高校に進むと、ひねくれて逃げ続けてる自分を鍛え直そうと空手部に入った。


黒帯もとって、勉強もしたし、資格もとれそうなものは取った。


5段階評価で中学時代は全部2だったのが平均4,5まで伸ばせたが親しい友人が数人できただけで、女性不信は直っていない。


むしろ、怖がられて走って逃げられたり、学園祭のフォークダンスでは俺のところだけ流れが止まる。これでどうやって好きになったり信用できるようになるのか……。


そんな俺だが、いつも隣の席にいる地味な女子と少しだけ話せるようになった。


3年間同じクラスで、お互い目が悪いからと席が固定。席替えがあっても俺たちはいつも隣の席だった。


その子はある日唐突に『彼氏ができて、初めて会ったその日にホテルに行った』と楽しそうに話しかけてきて、キスをしている写真も見せられた俺は逃げだした。


好きだった。


いや、好きになりかけていた、だな。

小中学校時代の女子達のいじめで捻れたメンタルが戻ろうとしたところでこれだ。


一気にどん底に落とされて、好きは嫌いに反転して、話すこともなくなった。


その後、出会い系で知り合った彼氏は遊びで出会い系をしている屑人間だったとか、初めてをあげたのにとか泣かれたが心底気持ち悪くて、群がる女子の侮蔑に目線がこちらに向いてまた逃げた。


結局卒業まで独りで過ごした。


嫌な思い出しかない地元を離れたくて、大学は陸路で行くと半日かかる、飛行機を使わないと行けない場所に進学。


推薦枠がとれたのも大きい。


知り合いは何人かいたが、俺を知る人がほとんどいない土地で、人間関係のやり直し。


好きだった子は、


「遠くに、いくんだ」

「……ああ」

「そっか。頑張って」

「そっちもな」


と卒業式の日に短く話してお別れ。


大学でも空手部に入り、隣町の道場で稽古をして、授業を受けて……半年の時が流れて大学の学園祭。部の出し物で、屋台を出した。


そこに客としてきてくれた女性。

どこか俺が好きになりかけていた子に似た別人。


派手さ皆無で黒い髪を一つくくりにした、眼鏡の女性。幼い顔立ちとフラットな胸で、大学生なのに中学生みたいな雰囲気の女性。


授業で顔は知っていた。


接客してたら、「見たことがある人がいたから」と来てくれたらしい。


それが嬉しくて、このまま終わらせたくなくて、とにかく喋った。


先輩から「ナンパは外でやれ!」って追い出され、一緒に学園祭を回って連絡先を交換。


授業で隣に座るようにしたり、見かければ声をかけ、テスト勉強を俺の部屋でして……2月。バレンタインの少し前。


周囲から「お前たち、付き合ってるの?」と言われるようになった頃、生協前のベンチで彼女と二人で居たときに意を決して、俺は聞こうと思っていたことを聞いた。


「なぁ……俺達、付き合ってるって、周りに言われてるけど……嫌じゃない?」


「え?」


「いや、その……実際にはまだ付き合ってないし、俺なんかと一緒にいると嫌だとか、迷惑なら……一緒にいるの、やめるから」


「え、えっと……」


「……とりあえず、授業終わって人集まってきたから俺の部屋行こう」


そう言って、彼女を連れ立って自分のアパートに向かった。


試験勉強のためと、何度か招いたことがあるとはいえ、男の部屋に入ってくる彼女に脈無しと感じていたが、嫌じゃなかったなら付き合いたい。一緒にいるうちに、好きになっていた。


高校時代のあの子の時のように、他の誰かに奪われるのが怖いと感じながら、俺は聞いた。


向かい合って座る彼女は俯いたまま、時間だけが過ぎていく。


「えっと、その……もうすぐ、バレンタインだから、ほんとうはチョコと一緒に、言うつもりだったん、だけど……私は、嫌じゃない。あなたのことが、好き、です……」


ダメかと諦めて、彼女を帰そうと思ったとき、恥ずかしそうにそう言ってくれた。


何度も何度も確認して、


「その……抱きしめて良い?」


と声をかけて、抱きしめた。

初めて触れた女性の身体は細くて、柔らかくて、甘い匂いがした。


バレンタイン当日には手作りを用意するからと言って、頑張るからと彼女は帰っていった。


そして迎えたバレンタイン当日。

彼女は泣きながら俺に部屋にきた。


上手くチョコが作れなかったとかかと思ったが……違うらしい。


彼女の友人が出会い系で知り合った男に彼女の連絡先を流して大喧嘩したんだとか。


メールで『遊ぼうよ』『貢ぐくらいの金はあるよ?』『割り切った大人の遊びさよ』と、彼女に送り続けてきたらしい。


すぐに問題の友人を問い詰めると、「だって、教えろって、女の子紹介しないと別れるって言うから!」と開き直った。


俺は初めて、女性を殴る寸前まで怒ったが、彼女に止められて見逃し、次はないと警告をして連絡先に変更とブロックして手打ちとした。


余談だが、この友人はその後、別の女性の連絡先を再び流したことで警察のご厄介になったらしい。その人も友人の彼女だっただけに、俺も巻き込まれたのだが……携帯没収の上、実家に呼び戻されたとか……ざまぁ。


「ごめんなさい……チョコ、用意できなかった。初めての、恋人のイベントだから、良い日にしたかったのに……」


そう言って泣く彼女を慰めて、


「チョコのかわりに、キスしたい」

「ふぇ!? え、えっと……うん。いい、よ」


そう言って、チョコのかわりにキスをした。

お互い初めてで、メガネを外して正座しながら向かい合って、触れるだけの軽いキス。


「初めてだったから、これで良いのかな……へへ」

「可愛い……チョコよりも、嬉しい」

「あぅ……で、でも、チョコは、ちゃんと作る。初めての、恋人のイベント、ちゃんとしたい」


そう言う彼女を抱き締めて、また唇を重ねた。

チョコを用意するんだと気合いを入れた彼女を見送り、


「はぁ……ヤバい。キスしちゃったよ、俺。どうしよう、ニヤケるのが止まらん!」


そう言いながら、床をゴロゴロと転がった。


後日彼女が用意してくれたのは、板チョコの包装紙にレシピが書かれていたというフォダンショコラ。


「初めて作ったし、誰かのために作ったのも初めてで、その……美味しくなかったら、ちゃんと言って。自分で、食べるから」


「やだ。初カノの初めては全部、俺がもらう」

「……それ、なんかやらしい」


「もちろん、そういうことも視野に入れてるし、こんなこと言うのは生涯1人だけって決めてる」

「……ばか」


「交際する時は結婚前提だから」

「う、うぅ……料理、頑張らなきゃ」


「料理ができなくても、俺ができるから問題ない」

「そ、そういう問題じゃないから!」


居酒屋でバイトを始め、料理に接客に片付けまで一通りやっているので家事は問題なくできる。


「でも、やっぱり恋人の手料理はロマン」

「もう……それより、冷めちゃう。せっかく中のチョコが溶けてるんだから……それに、頑張って作ったんだから、美味しいうちに食べてほしい」


「ああ、いただきます」


中のチョコがトロッとしていて、凄く美味かった。


「ど、どう?」

「……最高。初めて食ったけど、最高。ほら、味見」


「え!? あ、あーん……んぅ……あふぃ」

「あ、中のチョコ、まだ熱かった!?」


「うん、少し……でも、それ以上に……恥ずかしくて、顔が熱い」

「……嫁が可愛すぎてヤバい」


「ま、まだ、お嫁さんじゃ……んむ!?」


恥じらう彼女が可愛くて、また唇を重ねた。

二度目のキスは、チョコの味だった。


大学を卒業すると、お互い地元で就職。


実家で生活して結婚資金を貯めて、籍を入れようと約束して、遠距離恋愛が始まった。


当時はスマホじゃなくてガラケー。LINEのような便利なアプリもなくて、メールのやりとり。


毎日メールした。可能なら電話をした。

記念日と誕生日には必ず愛していると伝え、毎月会いに行き、ひたすら貯金。


会いたいときに会えない。声を聞きたくても実家暮らしでは思うようにできず、会えないことが不安で、寂しくて、浮気されていないか不安で、休みが取れなくて日帰り。


始発で出発しても会える時間は短く、別れる時間が本当にツラくて……別れたら、そんな苦しみから解放されると何度も思った。


それでも彼女が好きで、失いたくなかった。


上司のハラスメントと過労で倒れて、転職して、それでも必死に貯金して、毎月会いに行って、6年。


「今年のチョコは何が良い?」

「フォダンショコラ」


「……また? 去年もそれだった気がするんだけど?」

「良いだろ、初めての彼女からもらった思い出の逸品なんだから」


「まぁ、良いけど……ほんと、どれだけ私が好きなの」

「誰にも負けない自信があるくらい大好きだよ。愛してる」


「はいはい……昔は恥ずかしがって、好きとか言うの滅茶苦茶渋ってたくせに……」

「感謝と好意ははっきり伝えろ。思いは言葉にしなきゃ伝わらないって言ったの誰だっけ?」


「……ああ、もう。私です! もう、意地悪するなら作らないよ!?」

「意地悪じゃない。本音。愛してる」


「はぁ……負けました。私も愛してますよ、旦那様」


初めての彼女は俺の奥さんになって、一緒に暮らしている。


記念日のメッセージは今も欠かしていない。

LINEだとメッセージが流れてしまうから、そう言うときだけは今もメールを使ってる。


一緒の飯を食って、一緒の部屋で寝起きして、些細なことで笑い合って、喧嘩して、仲直りして、また笑って、次の休みはどうしようかと話し合って……そんな些細なことに幸せを感じながら、永久に共に。死んでも来世で一緒になれるように。彼女と一緒にこれからも生きたい。



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