Act.7-3
粉雪の降る夜だった。足跡がつくほどではない。石畳を所々
目的の別荘地は、市外へと続く大きな橋を望む高台にあった。
元は貴族のカントリー・ハウスだったその建物は、重厚な煉瓦造りの三階建てで、月も星も見えない闇夜の中に、圧倒的な存在感をもって鎮座している。
「全員、所定の位置に配置完了。定刻通り、突入してください」
《
「実物を目にすると、マジでデカイな……この屋敷の、どの部屋にいるのか、探すところからか」
「間取り図と担当区画は頭に入れただろう。可能性が高い部屋から順に潰す」
「オーライ。俺たちは三階の東側の区画だろ」
屋敷の中には、相手方の護衛も相当数いるだろう。昴は唇を引き結び、銃を握り直した。
「時間だ」
時計の針が定刻を指すと同時に、銃声が響く。先遣隊となった《
「合図だ。行こう」
地面を蹴り、身を低くして駆け出す。早くも窓から威嚇射撃が飛び、銃弾が足元の地面を
灯りの点いていない部屋の窓を破り、屋敷に入る。内装は当時のまま改装されず、照明はランプの炎で、ゆらめく光が廊下を薄暗く照らしている。進路に相手の気配がないことを瞬時に確認しながら、階段を数段飛ばしで駆け上がり、三階へと到着する。そのまま廊下の最初の角まで走り、壁に身を隠しながらその先を確認しようとした矢先、鼻先ぎりぎりのところを、銃弾が数発、掠めていく。壁を盾に交戦。しかし、時間は掛けられない。今しがた上がってきた階段から相手方が追いついて挟撃される前に、先へ進まなければ。
「シラハ」
壁に背をつけ、廊下の先を睨みながら、クロセが刹那の沈黙の後に、言った。
「数人、引きつけられるか?」
クロセの言葉に、昴は数度、瞬きをして、大きく頷いて口角を上げた。
「初めて、頼ってくれたな」
廊下に出れば撃たれる。だが、それは相手も同じだ。そして、互いに相手を撃つためには、身を潜めた壁から頭と腕は出さなければならない。同じ条件なら、照準の正確さと反射神経の速さの勝負になる。ただ、銃口の数では相手のほうが上だ。ならば、こちらは、それを確実に撃てる的に変えるまで。
「任せろ」
昴は軽く足首を回し、ぐっと足に力を込めた。数秒の無音。緊張に
心の中で、レース開始のピストルを鳴らす。広い廊下の端へ向かって、大きく、一気に躍り出る。相手の銃口が、一斉に昴のほうへと向く。昴を撃つべく、壁から無意識に、身を乗り出して。
響いた銃声は、クロセのものだけだった。相手がトリガを引く前に、クロセは、その腕を、残らず撃ち落としていた。
「……あそこまで、迷いなく飛び出すとは思わなかった」
廊下を駆けながら、クロセが呟くように言った。ほんの少し、驚いたような色を、瞳に浮かべて。
「一発くらい、食らう覚悟をしているのかと思った」
「覚悟はしていたぜ? でも、それ以上に、お前を信じていたからな」
「……そうか」
クロセの視線は廊下の先を見据えたまま、昴を振り返ることはなかった。だが、銃を握るその手に、クロセは僅かに、力を込めた。
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