Act.7-1

 検事に弁護士――両親の仕事は、昴にとって憧れだった。自分もハイスクールを卒業したらカレッジに進学して、両親のような正義に携わる仕事に就きたいと思っていた。

 昴が独りになったのは、十七歳の冬、みぞれの降る冷たい夜だった。

 ハイスクールのクラブの練習を終えて帰宅すると、家の前には警察の車が何台も停まり、立ち入り禁止のテープが張られていた。強盗らしい、と、野次馬の誰かがささやく声が聞こえた。

 この国の、強盗殺人の検挙率は、諸外国と比べて高くはない。だが、法曹一家の惨殺とメディアが大きく取り上げたことや、現場に多くの証拠品が残っていたことから、犯人は月をまたがずに捕まった。裁判があり、死刑が確定し、憎しみを向ける相手は昴の前からいなくなった。後に残るのは、ただ、孤独だった。


――どうして守らせてくれなかった。


 守らせてくれないなら、一緒に連れて行ってほしかった。

 ひとり残されるくらいなら、自分も殺してほしかった。

 大切なものを守れないのなら、生きている意味も、理由もないじゃないか。

 昴の両手は、それからずっと空っぽだった。虚ろな腕は、ただひたすらに、守るものを求めて彷徨さまよった。自分だけ生き残った命の意味を、理由を、昴は、誰かを、何かを、守ることに見出そうとした。守れなかった家族の代わりに。

 自分の命と引き換えに守れるものを探しつづけた昴は、半ば亡者に近かった。

 駆り立てられるように、昴は第四機関を志した。一日でも早く現場で働きたくて、教師の反対を押し切り、カレッジではなく専門学校に進学。与えられる課題や訓練を我武者羅がむしゃらにこなしていたら、気づけば首席で卒業し、公安への配属が決まっていた。

 それでも、昴の両手は、空っぽのままで、ずっと、十七歳の冬に囚われていた。欲しかったのは、ただ、守るべき存在。死ぬことを自分に赦せる理由だった。


――誰よりも生きてほしかったひとが、俺に生きろと言って死んだ。


 先の任務の日、くしくも十七歳の冬と同じ、みぞれが降っていた。昴が抱きかかえたクロセの体は、今にも壊れそうなほど軽く、クロセからこぼれた言葉は、昴の胸を、共鳴のように掻き鳴らした。


――だから俺は死ねない。死ねないんだ。


 あぁ、彼は、自分と同じだ。独りで、ずっと、時の止まった夜の中にいる。

 彼は憶えていないだろう。任務の後、連れて行かれた医者の所で、ふたりで処置を受けていたとき、彼が気を失う直前、昴の袖を掴んだのを。無意識に、それからずっと、離さなかったのを。


――こいつを、独りにしておいたら、だめだ。


 献身じゃない。そんな綺麗なものじゃない。自分は、歓喜していたのだ。無意識に縋る手に。自分を求めてくれた脆さに。


――守らせてくれるか?


 お前を、守っても、いいか? 守らせてほしいんだ。俺に、お前を。

 もし、それが、願えるのなら。お前が、それを、俺にゆるしてくれるのなら。

 目覚めて出て行こうとする彼の腕を掴んだとき、昴は、本当は怖かった。きっと振り払われるだろうと思ったからだ。けれど、彼は拒まなかった。それどころか、昴の手を、彼は掴み返してきた。それが、昴にとって、どんなに嬉しかったか、彼は知らないだろう。

 昴の作った食事に、彼は泣いた。頬を濡らす温かな雫に、手を伸ばしてぬぐおうとして、けれど触れられずに押し留めて握りこむ。ただ、ありがとうの言葉が、昴の胸にあふれた。与えさせてくれて、ありがとう。受け取ってくれて、ありがとう。


――お前を、生かしても、いいか?


 願ってもいいか? 望んでもいいか? お前がいいと、求めてもいいか?

 守らせてくれるなら誰でも良いと思っていたのに。空っぽになった両腕を埋めてくれるなら何だって良いと思っていたのに。誰かを守って死ぬことを、心の底から切望していたのに。

 誰かじゃない。何かじゃない。彼がいいと、望んでしまった。

 自分と同じ夜を抱えた彼を、自分の手で生かしたいと願ってしまった。


――死ぬ理由を、生きる理由に、変えてもいいか?


 今は、まだ、願うばかりで、伝えることはできないけれど。

 もし、彼が、生きることを望んでくれたなら。

 そのときは――

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