Act.5-1

 次の指令が伝えられたのは、先の仕事から三日後のことだった。

 《伝達人メッセンジャ》は昴と同い年くらいの、右目に眼帯をした赤毛の女性だった。

「わぁ! もてなしてくださるなんて! 感激しちゃいます!」

 部屋に上がってもらった以上、茶の一杯でも出さないと落ち着かない。女性と、クロセ、そして自分の分のコーヒーを淹れ、昴は狭くなったリビングのソファに腰を下ろした。昨日焼いたトマトクッキーも、茶請けに添える。コーヒーが冷める前に手早く説明しますねと、女性は鞄から薄いファイルを取り出した。

「これが資料です。最近、ちょっとあちこち、きな臭いんですよね。私兵の増員が進んでいる。大方、先週、締結に向けて本格的に交渉に入った隣国との貿易協定に反対する勢力ですけど。中には、少々見逃せないレベルになってきたのもあって、煙が上がる前に、火種を消しておこうってわけです」

 最終目的は、武装化が進んでいる野党を一党、潰すこと。その準備段階として、今回は、彼らの私兵を統括している拠点のひとつを殲滅せんめつするのが仕事だった。

「これが、おふたりに担当していただく拠点に所属している戦闘員です」

 テーブルの上に並べられたのは、名前が走り書きされた十五枚の写真。

「リーダーは、まだ若いですね。私たちと、そう変わらない。まぁ、年齢なんて、私たちの世界では、在って無いようなものですけど」

「リーダーを含めて、最大で十五人か」

「はい。なるべく多く始末してください。他の拠点に逃げられたら、戦力にされてしまいますから」

 手当たり次第で構いません、と《伝達人メッセンジャ》は淡々と続けた。

「おふたりは、最初に拠点に入り、先陣を切ってください。彼らの注意がおふたりに向いたところで、他の《削除人デリータ》が後方から回りこみ、逃げられないように挟撃して、一気に叩きます。混戦が予想されますので、気をつけて」

「待て。シラハは、《削除人デリータ》ではないだろう」

「ええ、もちろん。シラハさんには、貴方の援護に当たっていただきます。《調整人コーディネータ》は今回の現場を、《護衛人ボディガード》の実地訓練に最適だと判断しています。貴方を殺そうと向かってくる複数の相手から、貴方を護るわけですから」

 そこでちらりと、《伝達人メッセンジャ》は昴を見上げ、悪戯っぽく微笑んだ。

「シラハさんにとっては、初の大仕事ですね」

「……精々、足手まといにならないように努力するよ」

「あら! 随分と殊勝ですね」

 彼女は意外そうに小首をかしげた。

 決行は、五日後の夜。戦闘員を集めて連絡会が開かれる予定とのことだった。

「それでは、おやつタイム、いただきます!」

 ぱたんとファイルを閉じ、《伝達人メッセンジャ》は早速クッキーに手を伸ばした。

「トマトのクッキーなんて珍しいですね。美味しいです!」

 早くも二枚目を頬張ると、《伝達人メッセンジャ》は鼻歌でも口ずさみそうな笑顔でコーヒーを啜った。

「それにしても、《護衛人ボディガード》って良いなぁ。憧れちゃいます」

「憧れる?」

「はい」

 彼女は明るい笑顔でうなずいた。

「私、本当は《護衛人ボディガード》になりたかったんです。けど、このとおり、小さい頃に怪我して右目は失明しちゃっていて、左目もあまり良くないから、はなから望めないんですよ」

「怪我……」

「親に殴られたんです。穀潰しって」

 でも……と、そこで彼女はコーヒーを一口飲み、先を続けた。

「第九機関に記憶力の良さを認められて、《伝達人メッセンジャ》になれたんです。私にも需要があったんだなぁって、嬉しかったですよ。私、ずっと自分のこと、役立たずだって思ってきましたから」

 ふと、彼女が浮かべる笑みが、始まりの日に出会った《運搬人ポータ》の女性のそれと重なった。彼女も、また、第九機関に救われた人間なのだろうか。雰囲気がどことなく似ているように感じるのは、似ている人間が見出されて集められているのか、それとも組織に身を置くうちに似通ってくるのか、どちらだろう。

「今は、自分の目を奪った親のこと、やっとうらめるようになったんですよ」

 コーヒーを半ば飲み干して、女性は軽く唇を舐めた。

「君にとって、第九機関は、どんな存在なんだ?」

 昴は尋ねた。女性は一瞬、きょとんと瞬きをして、それから面白いものでも見たかのように、笑みの形に目を細めた。

「粛清を司る機関って言われていますけど、私にとっては、むしろ福祉を司る機関じゃないかなって、思います。育ててくれて、仕事をくれて、お金をくれる。ここには、自分の役割も、居場所もある」

「組織のために、死ぬことになっても……?」

「組織に拾われていなかったら、とっくに死んでいた命です。今、こうして生きていること自体、エクストラ・ステージみたいなものですよ」

 彼女は肩をすくめて笑った。

「さてと。そろそろ次の伝達に行かなくちゃいけない時間なので、おいとましますね。このお部屋、居心地が良くて、つい長居しちゃいました」

 ごちそうさまです、と食器を重ね、《伝達人メッセンジャ》は席を立った。クロセも後に続いて部屋を出る。

「シラハ」

 ドアノブに手を掛けたところで、不意にクロセが、肩越しに昴を振り返った。

「どうかしたのか、シラハ」

「えっ……?」

 向けられたクロセの視線から、昴はとっさに瞳をらす。

「……なんでもねぇよ」

「そうか」

 クロセは、それ以上、踏みこんでは来なかった。

 二人を見送り、ドアを閉める。

 テーブルに並べられた写真から、昴はいちばん上に置かれた一枚を手に取った。五日後に殺される、自分と同い年の青年。彼の名前を、知っていた。

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