n=51 ドッペルゲンガー

 ある日の昼間、sさんは一人で釣りを楽しんでいた。

 あまり有名ではない森の中の湖。ほとんど人気のないそこは、sさんのお気に入りだった。


「あの~すみません」


 後ろから声を掛けられ、振り返ると見知らぬ男だ。

 顔の下半分をネックウォーマーのようなもので隠して、頭の上には黒い帽子をかぶっている。

 そのうえサングラスもかけているから、男の顔はほとんど窺えない。

 夏場だというのに暑そうだ。日焼け対策なのだろうか。


 そんな考えは、男の発した言葉でどこかへ吹っ飛んだ。


「死体見つけたんですけど、どうすればいいと思いますか」


 男の先導にて、湖沿いに歩いた。

 自分が釣りをしていた場所のちょうど対角くらいの位置へ回り込んだ。

 

 土の上、ブルーシートを掛けられた大きな塊が転がっている。


「一応、剝き出しはダメかなと思ってシート掛けたんですけど」


 男はそう言いながら、ブルーシートの端を掴み、バサッと捲った。


 たしかに死体だった。

 短パンにTシャツのラフな衣服と生気を感じない青白い肌が、気味の悪いコントラストを生み出している。


「見てくださいよ、死体ですよね」


 すさまじい胸のむかつき、キーンと響く耳鳴りに耐える。


 「ほら、これ死んでますよね。この顔、生きてる人の顔じゃないですよね」


 男の言葉につられ、つい視線が死体の顔へ向く。


 ハリを失った皮膚、濁った眼、だらんと半端に開いた口。

 見慣れているわけではないが、間違いなくそれは死体だと確信できた。


 そして、その死体の顔は、自分に瓜二つだった。

 間違いなく、自分の顔をした男が死んでいる。

 自分自身が死んでるように見える。


 瞬間、目の前が薄暗くなり、真っ白な色で塗りつぶされる。

 足が揺れて、綺麗に立てない。

 後方へ倒れる。


 次に目を覚ますと、病院のベッドの上だった。


 熱中症で倒れてい、通りがかった人が救急車を、分補給忘れちゃいけな、らく入院。ご家族は、


 看護師の声が耳を流れていった。



 ドッペルゲンガーって死体なら、出会っても死なないんですね。

 sさんはそう語った。

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