n=49 横断歩道の向こう側

 横断歩道の向こう側、一人の男が立っていた。

 股を大きく開いて仁王立ちしている。周りに人がいないから、誰に迷惑をかけているという訳ではないだろう。

 しかし覇気のない男の顔と、仁王立ちという立ち方がミスマッチで、qさんの注目を引いた。

 横断歩道のかかった道は大通りだ。歩行者信号が青になるまで、かなり時間がかかる。

 qさんは特にすることもないので、その男の様子をボーっと伺うことにした。


 大股開きを維持しながら、片足を前方に踏み出す男。

 その姿勢から片足を軸に、「回れ右」の要領でクルッと後ろへ振り向いた。


 普通の「回れ右」なら、最後は前に突き出た足を引いて両足を揃えるが、男はそうはしなかった。

 むしろそのまま、もう一度同じように回転、こちらへ向き直った。


 男と目が合った気がしたqさんは、とっさに目線を下にそらした。

 そうしていると、男は再び後ろを向く。


 男が、回転している。


 コンパスのように円を描いて、くるくるくると回り続けている。

 その回転は機械的で、ダンスのようなものには見えない。


 なぜ横断歩道の向こう側の男は回転しているのだろう。

 そう思っていると、にわかに回転速度が上がっているように見えた。

 先ほどまで認識できていた男の顔が、ぼんやりとしか認識できない。

 間違いなく、回転速度がどんどん早くなっている。

 もはやほとんどコマのようだ。


 バカなウソに聞こえるでしょうけど、その男、そのままヘリコプターみたいに飛んでったんですよ。

 qさんはそう語った。

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