n=41 夜の海にて

 仕事帰りの金曜の夜、iさんは車で近場の海を訪れた。

 友達付き合いやら実家の両親やら、自分を縛る諸々のストレスから解放されたかったのだ。


 海岸沿いの車道の隅に車を停めると、革靴のまま砂浜へ足を踏み入れる。

 当然、靴の中に砂が入る。靴下と中敷きの間で砂が擦れて痒い。

 iさんは自分のことを、まるでドラマに影響された多感な若者みたいだと思った。

 ちょっと恥ずかしいことしてるなぁと心の奥底で感じながらも、砂浜に座り込んで波の音を聞く。


 体育座りで、寄せては返す波をひたすらに眺める。

 波の向こう、ずっと遠くの方に、何かが見えた。

 見えた瞬間、この世の全てがわかった気がした。

 そこでiさんの記憶は途切れる。



 ハッと気が付くと、iさんはマンションの自室の床で横になっていた。

 咄嗟に腕時計を見ると、11時10分。

 部屋の奥からカーテン越しの光が射していることから、昼の11時だとわかった。


 結果として、意識を失った瞬間から目を覚ますまで、2日が経過していた。

 その間の記憶は一切ない。

 夜の海に何かを見たところで、ブツリと記憶は断たれている。

 自分が何を見たのか、どうやって自室に帰ったのか、その後どうやって過ごしていたのか、何も思い出せないという。


 細かいことなんすけど、腕時計が普段と逆の腕に巻かれてて……なんかそれがすげえ気持ち悪かったんすよね。

 iさんはそう語った。

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