n=40 ブックカバーの下

 ある日、hさんが押し入れを掃除していたときのこと。


 プラスチック製収納ボックスの下から、一冊の本が出てきた。

 ある書店のブックカバーが掛けられた、見覚えのない古い文庫本だった。

 至る所にずず黒い埃が付いている。

 hさんは手で軽く埃を取り除いた。特に、カバーに覆われていない本の上面の埃を丁寧に取り除く。そうしないとページを開いたとき、埃が飛び散りそうだったからだ。

 あらかた埃を取り終え、ゆっくりと適当なページを開いてみる。180ページだった。職人が井戸の構造について説明している。

 そのまま数ページ読み進めると、職人が骨を掘り当てていた。

 記憶がよみがえってくる。

 これは小松左京の「骨」だ。小松左京の短編集を買った覚えはあるが、こんな所に置いていたとは。


 hさんは本棚に入れようと思い、薄汚れたブックカバーを外すことにした。

 表紙を開くとブックカバーの端を掴み、捲るように外す。


 表紙の面に、びっしりと黒い毛が生えている。


 無意識にブックカバーを元に戻し、本を閉じていた。

 今ブックカバーが覆い隠している表紙の表、そこに面を埋め尽くすように長さ数cmの黒い毛が生えていた、気がする。


 しかし常識的に考えて、本に毛は生えない。

 なんらかの虫? それとも糸くずか何か?


 考えても、何の答えも浮かんでこない。

 意を決して、もう一度ブックカバーを外した。

 表紙にあるのは、「集英社文庫 骨 小松左京」という文字だけ。どこにも黒い毛なんて、生えていなかった。


 あれ以来、ブックカバー使えないんです。

 hさんはそう語った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る