n=39 本当に怖いもの

 仕事帰り、gさんは市バスに乗り込んだ。

 自分以外に乗客はいない。田舎だから、また深夜だからだ。


 バスの車体幅より少し広いくらいの一車線道路を、バスは進む。山間の道だから車通りは全くない。

 周期的に揺れる音を聞きながら、モニターに投影されたCMを何も考えず眺める。


 ガクンと一段大きく揺れた。身体中に強いGがかかる。バスが急停止した。

 何事かと様子を伺うと、どうやらバスの前方の車道に人がいるようだ。

 白い着物を着た、若い女だ。しかも半透明である。

 gさんは「幽霊じゃん」と思うと同時に、「早く家に帰らせてくんねえかな」とも思った。

 女は道路の真ん中にじっと立ち、こちらを恨めしそうにじっと見つめている。

 当然、まったく動く気配はない。


 無意味に左右を見回しアワワとしていると、ピィーッと爆音が響いた。

 クラクションだ。

 ピッ!ピッ!ピーッ!

 運転手がクラクションを鳴らしまくっている。

 しかし、女は恨み心頭といった顔を崩さず、一切動く気配がない。


 次に飛んだのは怒号だった。

 方言混じりの、まともに聞き取れない怒号が運転席から女へ飛ぶ。

 それでも女は動かない。


 プシューと音を立て、バスのドアが開く。

 運転席から運転手が立ち上がった。

 その手には斧。

 防災用の、赤い塗装がされた斧だ。


 さすがにマズいのでは?と思うgさんだったが、うまく言葉が出てこない。

 そうしている間に、運転手は口汚く罵倒の声を飛ばしながら、バスを降りていった。

 運転手は斧を片手でプラプラさせ、半透明の女の目の前に立つ。

 地面に帽子を叩きつけると、罵倒の声量がワンランク上がった。

「どかないとブチ殺すぞ、イカレ女が」というようなことを訛りに訛った声で叫んだ。


 女がふっと消えた。

 まるで最初からそこに何もなかったかのように、前触れなく消えたのだ。


 運転手は地面に落とした帽子を拾って被り直すと、何事もなかったという顔でこちらに会釈し、運転席に戻った。

 そして、そのまま運転を再開した。


 人間って怖いな。

 gさんはそう語った。

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