n=38 見知らぬ土地で

 fさんは一人で旅行するのが好きだ。

 特に、着の身着のままでホテルの周りを散策するのが好きなのだ。

 自分のことを誰も知らない地に行くと、社会から解放されたようで、気分が良いとfさんは語る。


 ある県に旅行したときのことだ。

 その日取ったホテルは、駅から少し離れた住宅街の中にあった。

 チェックインを済ませて、部屋に荷物を押し込むと、早速fさんは辺りを散策し始めた。


 屋根の塗装は剥がれ、建物全体がずず黒くなった古い一軒家、真新しく銀色に輝くマンション、広い庭を抱えた和風屋敷。

 そんなものを眺めていると、それぞれの家の住人たちが歩んできた人生が想像できる。

 そしてその住人たちは誰も自分のことを知らない。

 fさんは機嫌よく、ぶらぶらと歩く。


 一軒の家がふと気になった。

 何の変哲もない、二階建ての洋風住宅だ。

 塗装の状態を見ると、新築間もないようである。

 緑の芝生が茂る庭先に目をやった。

 庭の隅に、茶色い家具らしきものが積み上げられている。

 漆塗りの、冷蔵庫のような直方体。

 箱の中の金細工が覗き、その正体がわかる。

 それは、仏壇だった。


 洋風住宅の庭先に、無造作に仏壇が打ち捨てられている。


 fさんは、一気に気分が萎えていくのがわかった。

 自分の敷地だし、たぶん犯罪行為ではないだろう。だからって、仏壇を庭に放置するなんてことあるか? 何であんなことしてるんだ。


 気ぃ悪くなって、その日の晩は酒飲んで寝ましたよ。

 fさんはそう語った。

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