n=35 図書館の地下
cさんはある大学図書館に勤めている。
その図書館には地下書庫があり、卒業論文、海外ジャーナル、専門書など、あまり借りる人のいない図書が収められている。
ある日、地下書庫へ戻す本を抱えたcさんは、地下へと続く階段を下った。
ギギッと不快な音を響かせて扉を開くと、高い天井の蛍光灯が灯る。誰も利用者はいないようだ。
地下書庫の書架は、電動式の集密書架を採用している。
集密書架とは、スチール製の書架を床に引かれたレールに沿って移動させることで、通路スペースを縮小し、図書の収蔵能力を高めた書架のことを言う。
cさんが勤める図書館の集密書架は電動なので、操作盤から遠隔操作で本棚を動かせる。
蛍光灯の光を受けて鈍い灰色に光るスチール書架の側面、書架を動かすための操作盤が乗ったスチールデスク、地下書庫にはそうした無機的なものしか見えない。
そんな光景は、図書館というよりむしろサーバールームのようだ。
デスクに本を置き、操作盤を触る。動かす書架を指定、緑色のLEDが光るボタンを押す。
ピーッ!ピーッ!と書架が動くことを知らせる警告音、レール上をゆっくり書架が移動する音。静寂に包まれていた地下書庫に騒音が響く。
ズズッと低い音を立て、書架の移動が止まった。
cさんは壁に立てかけられていた脚立と、図書を抱える。
そして書架の移動によって生まれた、書架と書架の間の通路へ足を踏み入れた。
古ぼけた図書が、真新しいスチール書架に収められている。それを見ると、自分のいる場が図書館であると改めて確認できた。
図書の背表紙に貼られたラベルと書架を見比べ、収める場所を確認する。場所がわかったらそこまで歩いて行き、収める。時折、脚立が必要になることもある。
そうしていると、ピーッピーッと音が鳴った。
警告音だ。
モーターの駆動音。
左右の壁がこちらに近付いている。
cさんは「えっ、なんで、なんで…?」と誰に言うでもなく言葉を漏らす。
左右を見回すと、書架がすぐそこまで迫っている。
このままでは挟まれてしまう。
そう思ったとき、プシュー!と音が鳴った。
そして先程までこちらへ迫ってきていた書架が、一瞬停止したのち、離れていく。
たぶん安全装置が機能したんだ。エレベーターの扉みたいに、人や物を感知したら止まるようになってるんだ。よかった。
脈打つ心臓を抑えながら、書架に挟まれた通路を駆ける。
誰か、操作盤を使って書架を動かした人がいる。死ぬかと思った。怒ってやる。
操作盤の前には、誰一人いなかった。
辺りを見回す。
だが、どこにも人がいる様子はない。
集密式書架の甲斐あって、人の隠れられるスペースはどこにもなかった。
よく考えると、人が入ってきたなら、扉が開く音で気付けるはずなんです。
cさんはそう語った。
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