n=34 稲荷

 bさんの父はかなりの資産家だ。ゆえにbさんの実家もかなり広い邸宅なのだが、その敷地内にはお稲荷さんを祀った小さな社がある。

 これはbさんの父が信心深く、事業の成功は神様のお陰だと考えているからだそうだ。ご利益を授けてくれたことへの僅かばかりのお礼だと、毎朝お稲荷さんに油揚げを供えているという。


 日もまだ昇りきらない早朝、いつものようにbさんの父は社へ向かっていた。

 庭の社には真っ赤な鳥居が連なっており、お稲荷さんの特徴を備えている。

 そんな鳥居のうち、一番手前のものの近くに何かがいた。

 人だ。

 照明もなく、塀に囲まれた庭は薄暗い。よく目を凝らすと、何かが着物姿の人間だとわかった。

 不審者だ、と咄嗟に思う。息を潜めてゆっくり近付き、その人間の動向を伺う。

 何かを鳥居の足に打ち付けている。

 それは五寸釘と藁人形だった。

 bさんの父は驚きに硬直した。不審者が人の庭で五寸釘と藁人形で丑の刻参りをやっているからではない。

 その不審者が、どう見ても自分の息子、つまりbさんだったからだ。


 オイ!って声掛けたらフッと消えたんですって。お稲荷さんのイタズラ? 私の生霊? 何なんでしょうね。

 bさんはそう語った。

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