n=33 前世

 aさんが夜中、駅前を歩いていると、一人の占い師に話しかけられた。

 道の端に机と椅子を構え、筮竹を手に持った着物姿の男だ。年齢は40か50といったところだろうか。少し腹の膨れた肥満体型が着物とうまくマッチして、独特の貫録を醸し出している。

 そんな男が、「タダでいいから、ほんとタダでいいからちょっと占わせてくれない? 」と、こちらを向いて声を張り上げている。


 酒が入っていたaさんは、興味本位でふらふらとその占い師に近付いた。

「あっ、よかった。占わせてくれる? いやぁ、ありがたい! ほんとなら自分が金払いたいぐらいなんやけどな、今全然持ち合わせがあらへんねん」

 占い師はわざとらしい関西弁を捲し立てながら、自分の対面の椅子に座るよう促した。

 aさんは安いパイプ椅子の感触を尻に感じ、何度も座りなおす。


 そうしていると、占い師は勝手に占いを始めた。手元の筮竹をじゃらじゃらと擦り合わせ、般若心経のようなものをブツブツ呟いている。ガッっと開かれた眼からは、隠し切れない狂気が伝わってくる。

 ようやくaさんは、ちょっとヤバい人に捕まったのではないか、と気付いた。

 できるなら今すぐ立ちあがり、去ってしまいたい。しかし、いたずらにこの中年を刺激して良いものだろうか。急に包丁で刺してきたりしないだろうか。駅前とはいえ夜中だ。人通りは疎ら。近くの交番まで走って逃げるにしても、少し距離がある。

 aさんは占い師を変に刺激しないよう、占いが終わるのを待つことにした。


 ブツブツブツブツと唱え続けていた念仏のような声が止んだ。じゃらじゃら鳴っていた筮竹が擦れる音も消える。

 一瞬の静寂の後、占い師が口を開く。

「あんたの前世はなぁ! 4533や! 」


 それ聞いた途端、なんでか「そうだ、その通りだ! 」って思ったんですよね。

 aさんはそう語った。

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