n=27 トイレの嘘
[さんが男子トイレに小用を足しにいったときのことだ。
小便器の前に立ち、ズボンのベルトを緩める。すると、ふと小便器の上面に付箋が貼ってあることに気が付いた。
『人がいないときにも水が流れることがあります』というメーカーの貼ったシールの左横に、ピンク色の付箋が貼られている。
その付箋には黒いマジックで『嘘→』と書かれている。
[さんは困惑した。『人がいないときにも水が流れることがあります』が嘘?
そんな訳ないだろう。メンテナンスのために、利用者がいなくても水が流れることがある。何もおかしいことはないはずだ。
というか、こんな付箋を貼って何の意味があるんだ。いたずら?
小首を傾げながらも、用を足した[さんは便器を離れ、洗い場へと歩いた。
離れたことを合図に、先程まで使っていた小便器が水を流し始めた。
[さんは、『人がいないときにも水が流れる』じゃなくて、『人が使用し終わった時に加えて、人がいない時にも水が流れます』が正確な記述なのか、と頭の片隅で考えた。
あの付箋が言いたいのはそんな理屈っぽいことなのか?
突然、今までの数倍の大きさで水音が聞こえて、振り返る。
小便器全てが、水を流している。[さんの他に利用者はいない。
[さんは瞬間的に付箋が意味することがわかった。
あの付箋が指しているのはこの現象だ。
この現象を指して、『人がいないときにも水が流れる』現象じゃなくて、『何かがいるから水が流れる』現象だと言いたいんだ。
人もいないのに小便器全台が一斉に水を流しているという目の前の出来事よりも、付箋そのものと、付箋の言いたいことを理解できた自分が怖くなって、足早に立ち去りました。
[さんはそう語った。
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