n=26 怖い話

 Zさんが大学生の頃の体験。


 Zさんの住むマンションは入居者が少なく、多少うるさくしても文句を言われるような環境ではなかった。そんな理由から、大学の仲間内で遊ぶとなればいつもZさんの部屋が使われた。

 その日も普段通り、夕方に近所のスーパーで酒を買い込んでからZさんの部屋に友達が集まった。

 くだらない話をしながら酒を飲んでいると、仲間の一人が「そう言えばさ」と語り始めた。


「大学の池から白骨死体が出てきたって話知ってる?この前先輩から聞いたんだけど、数年前に一般棟の裏にある池の底から死体が見つかったんだって。事件性があるって警察来たけど、細かいこと分からず仕舞いでうやむやになったらしいよ」


 突然の怖い話に皆は一瞬静まり、一拍空けて声を上げた。

 「それマジ?」「うわっ次からあそこ通りづらいわ~」などと怖がりながらも面白がっていると、別の友達が「俺も聞いた話なんだけど」と話し始めた。


「機械の田淵って先生、研究室で自殺者出してるらしくてさ。あそこの研究室が持ってる実験室、夜中になったら幽霊出るんだって……機械の友達に聞いた話だからほんとかわかんないけど、ヤバいよな~」


 「アカハラで自殺かぁ、俺らも関係ない話じゃねえな」「死んでまでも研究室に行きたくね~」「田淵って教員俺知ってるぞ、あいつ顔色やたら悪いし悪霊に憑かれてんじゃね」

 二連続の怖い話に場の雰囲気が盛り上がる。Zさんもそういう話が嫌いではない。流れに身を任せていると、また別のやつが話し始めた。


「大学の話じゃないんだけど、うちのマンションの隣の廃墟が怖いんだよ。なんて言うの、トタン屋根のぼろっちい家で、もう殆ど崩れてるボロボロの廃墟なんだけど、時々物音聞こえてくんだよな。前大学の帰りにちらっと覗いたら、知らんコート着た女立ってたのは怖かったな」


 「やべー、その女生きてても死んでても怖いわ」「ああいうのって県とかが取り壊してくんねえのかな」

 順番が回ってきた、とばかりにまた別の友人が喋り始めた。


「うちのマンションの近くも怖い話あるぞ。徒歩で数分の距離に踏み切りあるんだけど、あそこ夜中に歩くと子供の幽霊出るんだって。踏切の中で小学生くらいの半透明のガキがキャッキャッ遊んでるの、近くの部屋のやつが見たって」


 「踏切で遊んでて轢かれた子供の霊ってこと?」「俺そういうの苦手だわー」「夜中の踏切がまずこえー」 


「ま、でもこのマンションも十分やばいよな」と、ある友達がZさんのほうを向いて言った。

 まったく身に覚えがないZさんは虚を突かれ、硬直する。

 そんなZさんを傍目に、「あれはヤバい、マジでヤバい」「初めて見たとき○○と一緒じゃなかったら悲鳴上げて逃げてたわ~」「一緒のエレベーターに乗ってきた日はマジビビったな」などと盛り上がる友人たち。


 急に仲間外れにされたような疎外感に襲われたZさんは、「えっ、なになに、何の話? このマンションなんかいるの? 」と聞いてみた。


「またまたぁ、あの包帯グルグル巻き女の話だよ」「完全に日常の一コマになって、忘れてた?」「それだったらZもヤバいって」


 盛り上がる友人たちにZさんは言った。

「なにそれ、見たことないんだけど。てか、お前らがそんな話してたのも知らないんだけど……」


 急速に場の空気が凍るのを、Zさんは感じた。今までの笑い半分の空気が消え、恐怖と困惑だけが沈黙の中に漂っていた。


 怖くて、細かいこと聞けなくて、その日はそのまま解散しました。

 大学卒業までそのマンションに住んでたけど、俺は包帯グルグル巻き女に一度も会いませんでした。


 Zさんはそう語った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る