n=16 知らない女

 Pさんはガジェット好きで車好きだ。それゆえに、自動車にドライブレコーダーを積むのも早かった。世間が煽り運転について騒ぎ始めるよりもずっと早くから、車体の前後にドライブレコーダーを自分の手で付けていた。レコーダーの機種にも拘りがあるらしく、エンジンを切って停車中も録画できるように、車のバッテリーから直に電源を取れる機種を選定したそうだ。

 Pさんの語るところによると、ドライブレコーダーは防犯用途だけでなく、旅の思い出を記録するのにも役立つ。長距離ドライブした日など、記録されたその日の映像を見返しながら晩酌するのが楽しくて堪らないそうだ。

 ある日、Pさんはいつものようにドライブ映像を見返していた。車通りの少ない県境の道を、制限速度ギリギリで飛ばす主観映像がモニターに流れる。それを見ながら、ご飯をパクつきお酒を飲む。そうしていると、映像の中で徐々に速度が下がっていく。トイレ休憩のためにコンビニに寄ったんだっけな、と思いながら映像を眺める。


 想像通り、道すがらのコンビニに駐車した。車から降りて店に入って行く自分の姿が録画されている。

 停車中の映像を見ていても仕方ないか、Pさんがそう思いスキップしようとすると、画面の隅の女と目があった。見知らぬ中年の女が、車内を覗いている。Pさんの胸の奥から好奇心が湧き出た。シークバーからカーソルを外して、女の行動を伺う。女はキョロキョロと左右を見ると、車に駆け寄りボンネットに大の字で倒れ込んだ。そして頬擦りする様に体を震わせる。やがて女は立ち上がると、満足げな顔を浮かべてレコーダーの視界の外へと去っていった。

 しばらくすると、何も知らないPさんが車両に乗り込む。そのまま何事もなかったように長距離ドライブが再開された。


 あれ以来、気味悪くてドラレコの映像見返す気にならないんですよね。

 Pさんはそう語った。

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