n=3 窓を叩くもの
Cさんは中学進学を機に自分の部屋を手に入れた。
Cさんの家は二階建ての一軒家なのだが、物置きとして使われていた二階の一室がCさんの部屋になった。
両親と同じベッドで眠らないことに最初は違和感と恐怖を覚えたが、一週間もすればすっかり慣れてしまった。
妙な物音が聞こえるようになったのも、概ねそれと同時期だった。
ベッドに腰掛けて本を読んでいると、バン!と音が聞こえるのだ。何かを叩くような音だ。耳を澄ませば、それはカーテン越しにベッドサイドの窓から聞こえてくる。まるで誰かが力任せに窓を叩いているかのようだ。
Cさんの部屋は2階にある。また隣接した家もない。当然だが、人間が窓を叩くことは不可能だ。
そう考えると、うっすら怖くなった。Cさんには、カーテンを捲って外の様子を伺う勇気がなかった。
だから音を気にせず、無理に寝てしまうようにした。
何気なく、Cさんはそんな話を祖母にした。すると祖母は「それはいけないお前の家に何か良くないものが憑いているに違いない拝み屋を呼ぼう」といった旨を、訛りに訛った早口で話した。
一週間後の夜中、祖母と連れ立って、拝み屋を名乗る怪しげなスーツの中年がCさんの家にやって来た。
如何にして両親を説得したのか、拝み屋はズカズカとCさんの部屋に上がり込むと「水子ですな」と呟いた。そして部屋の照明を消させ、蝋燭を何本も床に置いた。
蝋燭に火を灯しながら、拝み屋は変に耳に残るねちっこい声で語った。
曰く、家が建つ前にこの土地で非業の死を遂げた子供がいる。Cさんと同じ年頃の子だ。その霊が家の中に入れてほしくて窓を叩いている。もしカーテンや窓を開けていたら大変なことになっただろう。だが今日ここで除霊する。
バンッ!
窓が鳴る。カッと目をかっぴらいた拝み屋が立ち上がる。そしてカーテンを掴み、一気に開いた。
窓の向こうは真っ暗だ。拝み屋は俯き、何某かの呪文を唱えている。
祖母もそれに倣うように俯いている。
窓の外を見ているのはCさんだけだった。
それゆえ、窓に向かって衝突を繰り返す茶色い物体を見たのもCさんだけだった。
異音は、茶色い何かが窓ガラスに当たることで生じていた。
端的に言うと、その茶色い何かは、昆虫のセミだった。
一度わかってしまえばなんということはない。ただ単に、部屋から漏れる光に誘われたセミが、窓にぶち当たっていただけだ。
この事実を口にすべきかCさんが逡巡している間に、拝み屋の唱える呪文はラストスパートに入る。そして、腹の底から空気を締め出すような『せぇえい‼︎』という声と共に蝋燭の炎をかき消すことで締め括られた。
窓を叩く音はピタリと止んだ。
当然だ。
部屋の明かりが消えたのだから、セミが窓に突っ込んでくる理由はない。
これで除霊が出来ました、もう安心です。
そう言い残して去っていく拝み屋の顔は、仕事を終えた疲労感と満足感に満ちていた。
もうなんか、全部嫌だなって思いました。
Cさんはそう語った。
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