n=2 手回し式
Bさんが社会人として働いていた頃の話だ。
とある夏の日、午後から一人で客先に出向くタスクがあった。
昼休憩前に出て、昼ご飯を食べてから客先に行こう。そう思ったBさんは会社の駐車場へ行き、そして社用車の運転席に乗り込む。
時期は夏だ。
当然だが、車内はうだるように暑い。ハンドルなど熱くて触れもしない。とても冷房が効くのを待っていられない。
Bさんは換気のために窓を開けることにした。
しかし社用車は古い型式で、パワーウィンドウ機能がない。未だに手回し式なのだ。
仕方なく窓の下の手回しハンドルを握り、グルグルと回す。黒い樹脂素材のハンドルもかなりの熱を持っているがそれには耐える。
運転席と助手席の窓を開け終えると、一気に風が吹いた。車内の熱気が車外に逃げていくのが全身でわかる。
このまま後部座席の窓も開けよう。Bさんは運転席のシートに膝立ちになると、手を伸ばして対角後方の窓の手回しハンドルを掴んだ。
ハンドルを回した瞬間、女の泣き叫ぶ声が聞こえた。そんな気がした。
自分のすぐ近くで女が泣いている?
Bさんは前に向き直って辺りを見回す。だが駐車場には誰もいない。当然車内にも誰もいない。
幻聴?聞き間違い?カップルの痴話喧嘩?
気を取り直して、改めてハンドルを回す。
また女が泣き叫ぶ。
はっとなってBさんは手を放す。すると声は止む。
まさかそんな……再びハンドルを掴んで、回す。女が泣き叫ぶ。
何回繰り返したかは覚えてないです。結局その日は窓半開きのまま走りました。
Bさんはそう語った。
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