編入生が来た朝
編入生を連れて教室の中に入ると既に生徒の全員が着席し黙って私を待っていた。
私の後をついてくる編入生を見て浮き足立っているが、私への畏怖が収拾がつかない様な混乱を辛うじて堰き止めている。
壇上から空いた席を確認するが欠席者はいない。
窓から朝だというのに赤く燃える様な夕日が差し込む中で教卓に出席簿と座席表を置いて一呼吸。
「号令を」
短く的確に生徒達に命じる。
「起立……気を付け……礼」
号令に慣れていない消えてしまいそうな声で昨日までとは違う生徒が号令をかけている事に気付く。
改めて目線だけ動かして欠席者を確認するが席の空きはない。
違和感を感じたが欠席者は後で出席確認する際に分かる事である。
この仕事で大事な事は細かな事に心を動かされない事と段取りを忠実に守る事である。
「はい、おはよう御座います。彼女が今日から皆さんと一緒に勉強する事になりました名前は……」
目線で編入生に名前を言う様に促す。
「〇〇 〇〇です」
滑舌が良く取りこぼす事が無いであろう声だったが名前を聞き取れなかった。
長年この仕事に従事する者達にとっては珍しくは無い症状である。
愛情や興味を持つ事ができずに全ての生徒の顔と名前を覚える事ができないのだ。
同僚達の中にも同じ悩みを抱えている者が多いが職業病としては比較的軽いと認識されている。
座席表さえ在れば何の問題も起こさず授業を行える人材は貴重であるらしい。
大抵の人間は直ぐに適正無しと見做され解雇される。
編入生の自己紹介に騒つく生徒達の名前すら覚えてない薄情な私は段取りを優先する為に言葉を発する。
「彼女への質問などは休憩中にする様に! 出席を取るから君は空いてる席に座りなさい……」
そこで私ははたと気付く。
空いてる席は無い筈なのに何故私は席が空いていると思ったのだろうか?と。
忘れていた事を思い出し胃の内容物が逆流する感覚を必死になって誤魔化す。
生徒の前で吐かない様に昨日の夜から何も口にしていない事すら忘れていた。
「私の隣の席が空いているからこっちにおいで」
一人の面倒見が良さそうな名前も知らない女子生徒が編入生を手招きする。
生徒達の貼り付けた様な笑顔が気持ち悪い。
気恥ずかしさを感じているのか編入生は俯きながら女子生徒の隣の席へ向かう。
燃える様な夕日が強く差し込む昨日まで号令をかけていた男子生徒の席である。
そして私は昨日クラスの生徒達と共に出荷作業をしていた事を思い出した。
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