やっと捕まえた……

 最近の技術の進歩は凄まじい。


 他者との接触を避け仮想現実に没頭する事ができる球状の試遊機から出た私は興奮していた。


 仮想現実の題材はお化けに襲われるトロッコ。


 自分の足で進まなければならない本物と恐怖の度合いを比べる事は難しいが没入感と手軽さでは此方に圧倒的な軍配が上がるだろう。


 会場には試遊中には聞こえなかった他の体験者の悲鳴が響き渡る。


 同じ会社に勤めていた元後輩が預けていた荷物を持って現れる。


「如何でしたか?」


 私の興奮具合を見た後輩は開発者として勝ちを確信した顏で私に感想を求めてくる。


「最高だったよ! 特に最後の長い髪の女性が一番怖かったよ! あれはどうやっているのか皆目検討がつかない!」


 私は開発者の一人である元同僚に最大級の賛辞を伝える為に言葉を紡ぐ。


 最後の最後で追いつかれ肩を掴み振り向かされ囁かれた言葉が本当に怖かった。


「長い髪の女性は中盤ですよ。怖くて眼を瞑っちゃいましたか?」


 元同僚は呆れ顔で笑っている。


 不名誉である。


 ネタバレをしないで欲しいなら一言そう言えばいいだろう?


「いや確かに最後は長い髪の女性だった肩を掴まれて振り返ったら直ぐそばにいたんだ! あれは怖かった!」


 恐怖体験からの揺り戻しで興奮していた私はつい頭に血が上り言葉を荒げてしまう。


 しかし素晴らしい技術である。


 振り払えなければ引き摺り落とされ別のエンディングが見れたのだろうか?


 気になるが試遊機に並ぶ行列に再び参加するには時間が足りない。


 褒め讃える為に元同僚の肩を叩くが同僚の顔から楽しんでいた感情が消え酷く怯えた表情が浮かんでくる。


「……先輩……肩は掴まれていない筈ですよ……」


 元同僚の絞り出した声は非常に弱々しい。


 世界的にも誇れる技術を作り出したというのに自信を無くしてしまうなどあってはならない。


「いや確かに掴まれた! 痛みも未だ少し残っているしな! あれはどんな技術なんだ?!」


 必死になって元同僚を励ますが表情は更にかげる。


 ここにきて漸く私にも状況が把握できた。


 しかし私の脳は理解を拒否している。


 生々しい指の感覚が残る肩。


 興奮し沸騰していた血液が冷や汗の気化熱で急速に凍りつく。


「……そんな技術はまだ開発されていません……先輩は少し残っていてください。急いで全ての試遊機を止めてきます」


 氷の彫像と化した私を置いて開発者としての責務を果たす為に試遊機に向かう後輩。


 さて後輩を見送り暇になった私はどうしようか?


 とりあえずは私の肩を掴み私の耳元で囁いた女性の吐息の感覚や記憶を捨て去る最新技術は会場の何処にあるか探す事にしよう。

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