繰り返す私の日常
侍女に起こされ起床する。
見た事がない侍女が心配そうな顔をしながら私の表情を確かめる。
「おはよう! 貴方が新しく来た侍女ね?!」
新しく侍女が入った事は大好きな父上から昨日教えて貰っていた。
「おはよう御座いますお嬢様。そして初めまして侍女のイザベラで御座います」
父上からは若い娘だと聞かされていたが侍女長と変わらない年齢に見える。
ふと手を見るがやはり長年仕事をしてきた証が刻まれている。
「お兄様が食堂で既にお待ちになっております。ヴァイオレットお嬢様もご準備をお願いいたします」
◆
お兄様は沢山の縁談が持ちかけられている大人の男性である。
食事をされる姿は麗しく妹としてはいつまでも二人で仲良く過ごしたいのだが貴族として私は嫁がなければならないのだろう。
しかし幼い私にはまだ縁談が持ちかけられていないらしくしばらくは家族みんなで一緒に過ごせる事を嬉しく思っている。
「お兄様? 父上と母上は既に出かけられたのですか?」
我が家には一緒に食事をする決まりがある。
父上がお仕事で居ない事があっても母上もいない事は今まで無かった事だ。
「忘れたのかいヴァイオレット? 今日は父上の誕生日だから仕事を早く終わらせる為に二人揃って出掛けていったよ」
そうだ。
今日は父上の誕生日なのだ。
今日やるべき事が決まった。
絵を描こう。
家族四人の絵だ。
いつまでも一緒に仲良く過ごせる様に気合いを入れて描こう。
「ヴァイオレット? お医者様がいらっしゃる事を忘れていないかい? まだ治っていないのだから無理をしてはいけないよ?」
お兄様は意地悪だ。
今まで忘れていたのに……
◆
侍女のイザベラはまるで私が今日やる事を解っていた様に行動している。
やりたい事を伝える前に準備が終わっている。
クレヨンで描くから着替えはいらないと思っていたがクレヨンが小さくて上手く握れず結局絵の具を指で伸ばしている。
イザベラは未来予知ができるのかも知れない。
昼を過ぎてふと集中力が切れた頃にイザベラが軽食を持ってくる。
集中していた為にあまりお腹は空いていなかったがイザベラが変に心配するからお行儀が悪いが無理矢理喉に流し込む。
「いつもありがとう……」
ふと私が零した言葉に違和感を感じた。
私の声はこんなに枯れていただろうか?
「お嬢様? お医者様がいらっしゃるまでには絵を仕上げられますか?」
何かを遮る様にイザベラが話しかけてくる。
まるで何かを隠す様に……
「大丈夫よ! まるで何度も書いた様にすらすら描けているわ! 私って絵の才能があるのかも知れないわ!」
考えると怖くなる。
嫌な事は忘れてしまおう。
大好きな父と母が帰って来るのは夕方だがお医者様がいらっしゃるまえには絵を仕上げておきたい。
軽食を平らげた私は頬が汚れるのを気にせず絵の具を指で伸ばしていく。
題材は大好きな私の家族。
父と母と私と弟の絵。
◆
お医者様がいらっしゃった。
時計は三時三十分を示している。
少し早い到着だが絵は既に完成し乾かすだけとなっている。
「ヴァイオレットお嬢様? お身体に悪い部分はありませんか?」
お医者様はいつも同じ事を聞いてくる。
私はどこも悪くないのに……
イザベラがお医者様にお茶をお出ししていたのに気がついた。
最近お客様にお出しする焼き菓子が小さくなっている事に疑問を持つ。
昔は掌いっぱいの大きさであったが今では親指と人差し指で摘めてしまう大きさだ。
注射の時間までまだしばらくあるからだろうがイザベラが私にもお茶を準備していた。
「この通り私はもう元気ですわ! 早く治療を終わらせてまたお友達と遊びたいですわ!」
力瘤を作ろうとするが苦労を知らぬ細腕では迫力が出ない。
「お兄様の許可が得られれば直ぐにでも治療を終わらせられますぞ? 今しばらくの辛抱です」
お茶を飲み終わり少し早いが注射を打とうとお医者様が仰る。
時計はまだ三時三十分を示している。
「お医者様少し待って下さらない?」
夕方までまだ時間があるがお医者様もお忙しいのだろうが少し待って欲しい。
注射は怖いが大好きな兄との約束である。
針の痛みには慣れている……
十年間毎日打ち続けているのだから……
注射を拒む理由は他にある。
この注射は酷く眠くなるのだ。
大好きな父上と母上をできれば出迎えたい。
「もう夕日が出ています。夜になるまでには打たなければ私が貴方の兄上に叱られてしまいます」
兄上を出されると弱い。
病気になった私を唯一支えてくれた肉親なのだから……
既に注射の痕だらけとなり痛々しい細腕を黙ってお医者様に差し出す。
注射の打ち過ぎで血管が太くなり一発で刺せるお医者様を探すのに兄上は苦労したらしい。
少しでも私が心穏やかに過ごせるように……
痛みに耐え薬剤が私の身体を偽りの世界から覚ましていく。
そして心と身体が吊り合い忘れていたいろいろな事を思い出す。
十年前に父と母が目の前で殺され夕方になっても帰ってこない事。
私の感覚に齟齬が出ない様に兄として接してくれる弟の事。
十年間毎日毎日初めましてと言うあの事件の日に私を救ってくれた侍女の事。
そしてこの薬を打って眠ってしまえばまた今日が繰り返される事を思い出す。
微睡む私を寝台に運ぶ侍女が涙ぐむ。
胸が締め付けられる姿で私も釣られて涙ぐむがきっと朝には忘れてしまうのだろう。
そしていつもと同じ満面の笑みでおはようと伝えるのだ。
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