エピローグ 物語は続く
本日は晴天なり。雲一つない空に二人の門出を祝って鐘の音が響き渡る。
「ふう…」
「めでたい席だと言うのにため息とはいかがなものかな、聖女様」
「あ、ごめんなさい。フラワーシャワーのことを思い出してしまって」
サマーパーティーの終幕直前、ある男によって脇腹を刺されたベルが倒れ込んだ。近くにいた女性から金切り声があがったことで男に一瞬のスキが生まれた。近衛兵に両腕を掴まれて地面にひれ伏す形で抑え込まれた。
「ベル!ベル!」レヴィアンはベルに駆け寄り何度も声をかけたが目は閉じたままだった。
「嘘だ…ベル!目を開けろ!」
レヴィアンの悲痛な声にユリは何もできず、前世と変わらずただベルの傍で呆然とするばかりだった。
しかし驚いたことに小さい呻き声と共にベルは細い息をゆっくり吐いた。
「ベル様?」
問いかけるとベルはゆっくり目を開けた。「レヴィアン様?」か細い声で視界に入った愛しい彼の名前を呼びレヴィアンは涙を落とした。
「ああ…よかった。本当に…でもどうして」
ベルは右手でナイフの場所を探り合って、あろうことか一気に引き抜いたのである。全員の視線はナイフに映り驚愕した。
「血がついてない?」
ベルは脇腹を抑えて「いたた」と顔を歪めながら体を起こした。
「丁度コルセットに引っかかったのね。おかげで肉までたどり着かなかったようですわ」
「コルセット?でも深く刺さっていたように見えたわ」
ベルは口角をあげてユリに脇を触るように腕をあげた。ユリは恐る恐る触ってみると妙に固い。まるで鎧でも着ているかのようだ。
「実際鎧を着ているのよ。とはいっても特注で体が動かせるように小さな板を、何か所か貼りつけているだけなんですけどね」
万が一今回のように奇襲にあって逃げられない時には金属板の部分をさらして狙わせるという。
「それでもちょっとでもずれたら大変じゃないですか」
「えっと…まあ…そうね」
ユリはわなわなと身体を震わせて言った。レヴィアンに。
「レヴィアン様!これからはこういうことがないように、しっかりお守りして差し上げてくださいね!」
「は、はい」圧倒されたレヴィアンは理不尽に向けられた怒りを受け止めた。
「でも、念のために医者に診てもらいましょう」
そう言うとレヴィアンはひょいとベルを所謂お姫様抱っこのかたちで抱えて、王城へと足を進めた。
「れ、レヴィアン様、このようなことまでなさらなくても」
「いいえ。聖女様より申し付けられたご命令です。私如きでは逆らうことも出来ません。勿論命令がなくてもこうするつもりですが」
ベルは金魚の様に口をぱくぱくさてから恥ずかしそうにレヴィアンの胸に頭を埋めた。
そんな二人に民衆からはフラワーシャワーを王城に着くまで延々に浴びせられている様子をユリは近衛兵と共ににやにやと見つめたのは言うまでもない。
「そういえばあのあとあの犯人はどうなさったんですか」
襲撃したあの男はアルデンス卿本人であった。謹慎させられたはずなのに、隙をみて館を飛び出したらしい。王城に連絡が入り、目標はあベルもしくはユリの可能性があると、すぐに兵士を王都へとやってベルたちを探していたそうだ。レヴィアンは居てもたっても居られずアダムやギルバートの制止を振り切って探しに出たと言った。
「アルデンス卿は裁判を待つまで投獄されることとなった。先にキャシー嬢は王都追放が決まり、遠戚を辿って田舎で謹慎処分となったよ。王都に戻ることも、国外へ逃げることも二度とない」
「そうですか…」
「めでたい宴の日だ。そのような煩い事は仕舞いにしておくれ」
「はい。陛下」
結婚のお披露目パレードの合図であるファンファーレが鳴り響くとユリは思わず席を立ちそうになった。いけない。今日はおとなしくしなくちゃと姿勢を正して座り直した。その様子をアダムは噴き出すのを堪えるように肩を震わしている。
「ごめんなさい。はしたないですよね」
「ふふふ。本当はこのような賓客席でなく、間近でフラワーシャワーで祝いたかったのだろう?」
「は、はい…ここからでも見えるけど、少し物足りないですね」
「残念がっているところ申し訳ないが、我の隣で我慢をしておくれ」
「我慢だなんてとんでもない!私だけの特等席です。そうでしょうアダム様」
「ああ。私の隣に立つのも座るのもそなただけだ」
アダムは少しだけ周囲の目を確認してからひじ掛けから身を乗り出しユリにキスをした。
「あ、アダム様…」
「直ぐにまためでたい宴をしようではないか。今度は我々のを盛大に」
頬を薔薇色に染めたユリは了承の返事の代わりにキスを返した。これはやられたとアダムは破顔した。
悪役令嬢はヤンキーの記憶に翻弄される 桝克人 @katsuto_masu
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