メタリックなゴマ粒くらいの球体
放課後、園芸部四人はブレザーの代わりに学校指定の藍色ジャージを羽織り軍手をはめていた。本当は下もジャージのほうがいいのだが、たいした作業でもないし着替えるのが面倒なのでこうなった。
「それでは、種蒔き始めます。解説は茅野先生です」
パチパチパチ。
そろそろ、このノリに飽きてこないのかな。
温室前の砂利道には園芸番組よろしく用土やシャベルなどの道具が並べられている。
初めてだし、しっかりと教えなければいけないから配役に間違いはないとは思う。それでもスタートからその位置にいる夏目はどうなのだろう。
でもまあ、今日のところは良しとするか。
「種まき」とでかでかと書かれた市販の土と卵パックのような黒いプラスチック容器を二つ手に取る。スーパーで売っているものの二倍は卵が入るだろうか。その凹み一つ一つへ卵の代わりに土を入れていく。
「これは普通の培養土と違って肥料分が入っていないやつ。発芽のためには水と温度と光が必要で、その他の養分とかはむしろジャマになるから、土選びは注意してね」
へえ、とメモる後輩二人。シャベルの値札シールをはがすのに躍起な同級生。
そんなに食いつかなくてもいいのだけど。なんか恥ずかしい。そして夏目はもう少し食いついてくれ。
「この卵パックのくぼみに土を入れて、たっぷり水をやって土を湿らせる。この受け皿に水をためてパックをのせれば、そのうち土の中に水が入っていくから簡単」
本当は何時間か放置する必要があるのだけど、ここでは割愛。上からもバサッと水をかけてやり過ごす。
幸い吸収がいい土だったのでみるみる水はひき、こげ茶色に変色していった。
そして、やっと種まき。
新聞紙の上に放置しておいたカモミールの花は多少乾燥が進んでおり、手で軽くつぶすと細かな種に分かれた。
干からびたヒマワリの種をゴマ粒大に縮めたような見た目で、ちゃんとした瓶に入れてキッチンに並べればスパイスとして映えそうである。
「四、五粒ずつまぶしていく感じ。真ん中狙ってね」
方波見の指先はおもしろいくらい震えていた。プルプルしながら一個一個種を落としていくのはいじらしいというか。もっと雑でいいのだが、本人は真剣そうなので放っておく。
そしてもう一つの容器は水菜用にした。蒔く担当は楠。
「水菜の種も細かいから気を付けてね。先に袋から出して、まぶす感じで……」
そう言って、手のひらにのせた水色メタリックなゴマ粒くらいの球体をまぶしていく。
「はい、じゃあ続きをお願い」
種袋を手渡された楠は、瞬きをしていないかのようにじっと僕を見据えた。
袋を受け取り、自分の手のひらに細かな種を転がす。
種は小さめのガラスビーズやチョコスプレーのようで、無機的な印象がぬぐえない。少し傾けるだけでコロコロと転がり、くしゃみでもしたら一発でなくしそう――。
「これって、もしかして……」
僕はそっぽを向いたまま答えた。
「わからないんだ。水菜は菜の花、アブラナの一種なんだけど、小松菜もブロッコリーも、白菜やキャベツだって同じ仲間で、花も種もすごく似ている。お姉さんの種も多分アブラナの仲間だと思うんだけど、それ以上はわからない」
小松菜・種、ブロッコリー・種、白菜・種、キャベツ・種……、画像検索の結果は泣きたくなるくらい一緒だった。コーティングが取れたところでわからない。
「でも、勇気を出して蒔いてみればいいと思うよ。温室もあるし、多少設備は整ってる。お姉さんの気持ちは僕にはよくわからないけど、悩んでいるよりもやってみた方が近道だと思う」
近道は苦手なんだけどな。舗装されてなかったり、急だったりして危ない。余計時間がかかるんじゃないかと考え込んでしまう。
「それでも、もしうまくいかなかったら、そのときは手伝うから。これでも先輩だし。育ててみたら案外おもしろいかもしれないよ。小松菜ができたら煮浸しでも作って、ブロッコリーなら胡麻ドレッシングでもかけて、白菜は豚バラとミルフィーユ鍋、キャベツなら……、えっと」
リアクションを見ずに話し続ける不安の方が勝ってしまい振り返ると、楠はわき目もふらずに水菜の種を蒔いていた。
一秒、二秒、三秒……。顔が熱くなっていくのを感じる。
やばい、格好つけすぎたか。
イタい? イタい?
ごめんなさい、調子に乗りました。僕なんかが言う言葉ではありませんでした。
しばらくすると――僕にとっては数時間はあった――楠はすべての種を蒔き終え、手のひらを軽くはらった。
「キャベツならお好み焼きがいい」
くるっとこっちを向いてくれた。
「ウチの姉はそう言っていました」
楠の表情は……、無邪気と呼ぶのがいいだろう。
「あの種まだありますか? あるなら蒔いてみたいです」
うなずくと、部室へ走った。
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