姉妹
「これ見てみて」
僕の方へ向けられたスマホは定番SNSのプロフィール画面だった。誰だか知らないがつなぎを来た女子の後ろ姿や畑、牛などの写真が並んでいる。
「最近あがってる写真はこんな感じなんだけど……」
夏目が画面を下にスワイプしていく。
何度か読み込みを繰り返しながら過去に戻っていくと、写真がよくわからない色のドリンクやスイーツ系統、文庫本の表紙などへ変わった。街中のお店でとられたものばかりでさっきまでの田園風景は皆無である。
「それで?」
尋ねると夏目はピンと来ていない顔をした。多分僕も同じ表情をしているはずである。
つまり、先に進まない。
「あの種と何か関係あるの?」
「これ、楠さんのお姉さんのアカウント」
「へえ……」
どっから探してきたのだろう、というのがはじめの疑問。ただし、僕が詳しくないだけで、たいして難しい話じゃないのかもしれない。そして多分そこは問題じゃないだろう。
「もう少し説明していただけると、ありがたいのですが」
「だから、見ててわかったでしょ。お姉さん、最近になって写真の方向が変わってる。昔は地元周辺のカフェ巡りとか好きな本とかが多かったんだけど、大学入ったあたりで農業の写真ばっかり」
まあそれはわかる。つまり……。
「大学デビューってこと?」
「普通は逆かな? デビューって地味なところからキラキラしだすのがセオリーだけど、農作業ってどう?」
自分の部活を半分否定している気がするが、話がそれるので黙っておく。
「それって、女子的には変?」
「変って言うと違う気がするけど、でも人によってウケは良くないかな?」
個人的には高校生の頃のお姉さんは気が引ける。どんな話をすればいいのかわからないし、僕にとってはよその人だ。
それと比べれば最近の写真は、なんというか良い意味で普通だ。変に加工していないというか、明るさも控えめだし、画角は茶色ばかりで地味な色だし。
映える写真を作ろうというよりは、好きなこと写真に残しておきたいという気持ちを感じる。
ん? 何の話だっけ?
「それで、どう種につながるの?」
わざとため息をつく夏目。口をすぼめて苦い顔をする。
「茅野って人の気持ちとか察せられないタイプだよね」
「なにを今更」
「じゃあ、問題です。これを見た楠さんはどう思うでしょうか?」
「……、困る?」
「正解!」
やったー、とはならない。
「いや、解答になってないでしょ。自分で言ったことだけどさ」
「でも、実際のところ困るでしょう。公開アカウントでオシャレ系写真ばっかあげていたお姉さんがいきなり土まみれなんだよ」
確かにそうだけど。
「そんなに悪いこと?」
「ううん、夢中なことなんて変わるもんだし、何よりお姉さん楽しそうだしね。だから楠さんにもそう言った」
「いつ?」
「昨日の帰り」
なるほど、お姉さんのアカウントはその時に訊いたのか。さすが女子同士というか、そこまで仲良くなっていたとは。
僕も本人から種のヒントをもっと訊いておけば良かった。
――いや違う、夏目が言いたいのはそういうことじゃない。
楠にとって、お姉さんはどんな存在なのだろう?
想像するしかないが、高校までの感じなら趣味は近いだろう。もし楠が似たような系統の写真をSNSにあげていると聞けば、そうだろうなと思う。
仲が良いか、悪いのかはわからない。それでも姉妹だ。もしかしたら楠の着こなしはお姉さんのマネなのかもしれない。
その場合、ただ困るというよりはとても嫌な気分になるんじゃないだろうか。仲の良かった友達がいつもとは全く別のグループの子とばかり話すようになったような。
そしていきなり謎種を送ってこられたわけだ。危ない色に染まっているんじゃないかと思っても仕方ない。
本当のところはわからないけど。
「じゃあ、僕らの部活に見学に来たのも、種だけじゃなくてそのあたりが関係しているってこと」
「そこまでは話してくれなかったけど、多分ね。入部してくれたのも、もしかしたらお姉さんのことがもっと知りたかったからかも」
その後二人とも無言になった。
夏目は黒板につけられた水やり当番表を眺めていた。
僕は昨日収穫したカモミールの花を眺めた。そしてその奥、
遠く校舎の方で予鈴がなった。
夏目は椅子を引き、弁当袋を片付け始めた。
「あの種、どうする?」
今聞くか。
「楠さん、適当でいいって言っていたけど、適当でいい?」
バカ、あの種にこめられた気持ちが生半可なはずはない。
これは単なるクイズではなくて楠の困惑にどう答えるか、という問題になっている。
熟考を重ねてヒントを探るか、時季を間違えるリスクはあるにしても今あるもので行動をおこすか。
本当は楠に決めてほしい。
でも、それは逃げだな。弱小と言えど園芸が専門の先輩として、また部員となってくれた後輩に向けて恰好だけでもつけなくてはならない。
熟考して答えが出たとしても、今を逃せば蒔けるのは秋か来年の春になる。
楠の困惑はそこまで待ってくれるだろうか。
「選択肢ないじゃん」
ニコニコしながら夏目は部室を飛び出した。
これが僕を呼び出した本当の目的なのだとしたら、憧れの先輩っぽいなと思ってしまった。
僕も小走りで教室へもどる。
温室前の菜の花はもう終わり、ただやせ細った草がにゅるっと伸びていた。
いいかげん、片付けなければいけない。
明日は晴れるといいな。
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