水やり当番表
カモミールの収穫は滞りなく終わった。
初めてが二人いるとはいえ、人数が二倍になったのは大きかった。ちまちま花を摘むだけなので二人ともすぐ覚えて、あれこれ気に病む前に花はなくなってしまった。
乾燥かごには前回と同じくらいの量の花が並べられ、同じように部室に吊ってある。すでに花の先端が茶色くなっていたものがかなりあったので、そちらは翌日蒔く種として新聞紙の上に並べて乾かすことにした。
そんなこんなで園芸部らしい充実した日が終わり、その翌日の昼休み僕はひとり部室で厚紙を切っていた。正確には目の前に夏目がいるのだが、口しか動いていないのでカウントしない。
こんなことなら弁当を食べてから来ればよかった。
四限終わりにいきなり部室集合のメッセージが届き、何事かと思ってきてみれば、言われるがまま図工の時間が始まった。
「絵を描くのは女子の仕事、工作は男子の仕事、ていうのが相場でしょう?」
確かに夏目にはこんな細かいギミックを任せたくないし、僕も絵は描きたくない。
「これ、いつ作ったの?」
「休み時間とか、歴史の授業中。後輩のためにサプライズで仕事をする私、憧れの先輩っぽい」
憧れの先輩には授業も真剣に受けてほしかった。そして手を動かしてくれ。
夏目が出してきた厚紙の一枚目は円グラフ、二枚目はその台紙だった。
バラエティ番組でたまにある回転するダーツの的を想像してほしい。
円グラフはその的のように四等分で区切られ夏目、楠、方波見、茅野と書かれている――僕の割合が操作されているかと思ったが、そこはボケていなかった。台紙の方には「水やり当番」と書かれた赤い矢印とパンダが三匹描かれていた。
つまり円グラフを回して週ごとに矢印の先の名前を変えれば誰が今週の水やり当番かわかるようになるという(夏目曰く画期的な)当番表である。確か、小学生のころ教室にあったような……。
それにしても、コンパスや色鉛筆を使ってここまで作ってくるとは正直意外だった。休みをはさんだとはいえ本当に三日目まで先輩風吹かせられていることを素直に尊敬する。
円が多少歪んでいることと最後の最後で僕に放り投げたことは大目に見よう。
「桜葉さんが入っていないのが気になるんだけど」
無視して夏目は自分の弁当を開け始めた。おいおい、こちらにもよこせ。
「五等分に線を引くのが面倒だった?」
卵焼きをほおばりながら夏目はそっぽを向いた。
「いいじゃん。後輩も入ってすぐだし、何度も一人飛ばしてたら、自分もサボっていいかも、なんて思っちゃうでしょ」
「でも桜葉さんも、自分はやらなくていいや、なんて思わないでほしいし」
「わかった。次に理央が来たら作り直すから。今から直すのはなし」
それでも、さ。
「はい、これあげるから手を動かす」
口元に突き付けられた卵焼きはほんのり甘く、半熟具合も絶妙だった。
円グラフの中心には黄色の持ち手がついた画びょうを指して台紙に留めた。これで台紙はそのままに円グラフを回すことができる。
加えて、このままだと裏側に針が飛び出たままになるので、部室に転がっていたべニアの破片を針の先に差しておいた。
マグネットで黒板に留めると、思いのほかそれらしい。
「うん、かわいくできた」
「それは良かった。じゃあ帰るよ。昼飯まだだし」
「そんなことよりもう一つ」
まだ何かあるのだろうか。文化部とはいえ、男子高校生の食欲はなかなかなのだが。
「種の話」
仕方なく席につくことにした。
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