ヒントは?

 もう五時過ぎだろうか。夏目が一度も勝てないままポーカーは終了。大富豪に移っていた。

 はじめは恐る恐るといった後輩二人の手つきも落ち着きをみせ、テンポよく机の回りからカードが積まれるようになってきた。

 クラブの四を出した楠が思いついたようにつぶやいた。

「そう言えば、これから部活をやるうえで覚えなくちゃいけないことってありますか?」

 夏目がスペードの八を出して場をきる。

「まずは大富豪必勝法かな」

「そのあたり詳しく教えて」

 けっ、という声が聞こえた気がした。

 クラブとスペードの七で二枚出しをした夏目にスペードとダイヤのキングで応戦する。方波見はパス。

「駒草先輩いかがでしょうか?」

「俺は背中で教えるスタンスだから」

 ダイヤとスペードの二できられた。

「たいして重要じゃないらしいので無視してね」

 冷たいなー、とニタニタ笑いながら、エースの三枚出しなんてトリッキーな出し方をして駒草先輩はあがってしまった。

 そんなのありか。

「見学の時にも話したけど、まずは水やりかな」

 駒草先輩の後ろ、部室の端に置かれた移動式の黒板に目を向ける。「今週の水やり当番」と流麗な筆致で書かれた下に「茅野」とクセの強い鍵文字で書かれていた。

 帰りに「夏目」に書き換えなければ。

「土が乾いたタイミングでたっぷり水をあげるのが基本なんだけど、ビニールハウスの中の植物は多少癖があるし、最初の当番の時に教えるよ」

「私たちの番はいつ頃回ってきますか?」

「そうだね、じゃあまずは来週が楠さん、その次が方波見君でお願い」

「わかりました!」

 こんなに丁寧に返事をしてくれる相手は久しぶりで涙が出そうだ。

「あとあと、カモミールの収穫が残っているから、それも二人に覚えてほしいな」

 夏目先輩がアピールしてきた。いや、サボっていたのお前だろ。

「じゃあ明日は部活休みだし、明後日にでもやろう。もうだいぶ終わりの時季だし。来年の分の種もとって、全部片づけちゃおう」

「賛成!」

 駒草先輩も話に入ってきた。

「片付け終わったら、水菜の種とか残っているだろうし、蒔いちゃえば? 多少なら収穫したカモミール蒔いてもいいし」

 おお、駒草先輩らしからぬ園芸部っぽさ。良かった、新入部員にも活動内容があることを伝えられている気がする。

「じゃあそれは金曜日で。だんだん気温上がってきているし、早い方がいいですよね」

 お茶の時間以外埋まらない風岡高校園芸部予定表が一週間も埋まってしまうとは、いやはや新入部員効果はすごい。紅茶もいつもの数倍香り高い、と思ったが、後味はえらく渋みが強かった。

 ビスケットでごまかそうと口に詰め込む。

「じゃあ、さっき中庭でお二人が話していたのもその種の話っすか?」

 回りを見た方波見は、思い出したので言ってみました、という顔から、やっぱり間違えましたという顔に変わっていった。

 種まきの話題で思い出さなかったといえばウソになるのだけれど、可能であれば忘れたままにしたかった。というか、この場以外でどうこうしたかった。

 この場の誰も話し始めないので、僕が反応するしかない。

「あれは、また別の種の話だから、少し込み入っていて、もう少し調べないと……」

「そんなに気を使わなくてもいいですよ」

 さっきまでと変わらないトーンで楠が割ってきた。

「私の姉の、単なる遊びですから」

 机の上のトランプを集め、まとめてきりながら、楠は淡々と続ける。

「私の姉は、大学一年なんですけど、北海道で農業の勉強しているんです。その実習で出された問題が種の正体を当てることだったらしくて。私別に詳しくないんですけど姉が勝手に送ってきて、当ててみろ、と言うから困ってしまって、お二人に相談したんです」

 なるほど、そういう経緯だったのか。

 すると僕らは大学レベルの問題を出されていたのか。わからないわけだ。僕ら弱小園芸部では分が悪すぎる。

「ヒントとか、もらってない? 正直、けっこう手詰まりで」

「いろいろ言っていた気がしますけど……。姉のことはよくわからなくて、ごめんなさい」

 楠は弱めに微笑んだ。

 大学生の問題で出る種。純粋に正解を導き出したいという気持ちはある。

 でも見た目から絞り込むアイディアも出てこないため、ここのところは地道に画像検索をかけるしかなくなってしまった。度々ひらめいたワードをもとに引っかかった画像一覧画面をひたすらスワイプし続けている。でも、いまだそれらしいところまでたどり着けない。

 大学の研究施設ならDNAでもなんでも調べればよさそうだが、あいにくそんなチート級の方法はない。

 やはり、芽を出させてさらなるヒントを得るしかないのだろうか。

 いや、それでは負けたような気もするし。

「忘れてしまっていいですよ。うちの姉がふざけていただけですから。適当に蒔いちゃっても、土とか肥料とかがもったいなかったら捨ててしまっても大丈夫です」

 楠は全員にカードを配り終えると、今度はまっすぐに笑ってみせた。

 その表情の真意を僕は計りかねた。

 種の種類なんかよりもよっぽど難解に思えた。

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