自己紹介(後輩の場合)

 夏目が進行役に戻る。

「まあまあ、ワンポイントアピールは適当でいいから二人も自己紹介お願い」

 新入生二人は少し目を合わせる。

「じゃあ、俺から。一年特進の方波見紘一かたばみこういちです。好きな食べ物は唐揚げとかハンバーグとか、嫌いな食べ物は柿くらいっすかね。アピールになるかはわからないっすけど、中学時代は野球部だったんで体力はそれなりにあります。よろしくお願いします」

 ペコっと一礼。

 野球部か、うん知ってた。それより、夏目と同じ特進クラスとは。あそこは学力以外の審査基準があるのだろうか。

「ポジションどこだったの?」

 夏目がすかさず訊いてくる。

「セカンドです。反射神経とかもわりと自信ありますよ」

 前のめりになりながら実にいいスマイルを見せてくれた。

 ビスケットを放り投げたらそのまま口でキャッチしてくれるんじゃないか、というあれな妄想をしてしまった。

「いいよ! いいよ! どこで使うかわからないけど将来有望な感じがする。じゃあ次は……」

 夏目が視線を移すと、方波見よりもだいぶ利口そうな返事が返ってきた。

「はい。一年英語科のくすのきさとみです。好き嫌いは特にないですね。だいたいのものはOKです。アピールというほどでもないですが、最近コンビニのパンケーキにはまっています。バターとメイプルシロップの他にもチョコとかコーヒーとか、生地の味付けも違うのでいろいろ試してます」

 おお、幼げなアニメ声ながらそつなく丁寧語を使いこなしている。一方で甘味が好きなこともポイント高い。先ほどの気まずさも忘れて親しみを感じてしまった。

「でも、それ以外の甘いものもしょっぱいお菓子も好きですよ。ここのお茶に合うお菓子を探すのも楽しそうです」

 うん、フォローもいい。相手に合わせる気遣いも感じられる。

 うちの部にたりないものはこれかもしれない。せんべいをドカ食いするだけじゃ得られない栄養素がここにはある。

 それに対して、園芸部の旧アイドルはというと。

「私もパンケーキ好きだよ。日曜日に家で作ったり……」

 おそらく五段くらい重ねて貪り食っているのだろう。夏目なら味付けなんて細かなことよりもビジュアルの強さと満腹感を優先させていそうだ。

 そんなイメージをしていたら顔に出たのだろうか、夏目の視線をみぞおちに受けた。

 無理やりだが、話題を変えよう。

「じゃあ、今度は質問タイムにしよう。部活のこととか、見学に来てもらったときにだいたい聞いていると思うけど、今のうちに聞いておきたいことがあれば」

 夏目の笑顔から鋭さがなくなった。よし、当たったらしい。

「なんでもいいよ。ちなみに茅野は定期テスト五回連続クラス二位だよ」

 おい、なぜ知っている。確かに掲示板には出ているけど。

「ちなみに、模試もだよね」

「模試は歴史だけ一位取りました」

「理数科?」

 うるさい。

「茅野先輩頭いいんっすね」

 方波見が顔を覗き込む。

 あ、少しうれしい。自分、頭いいんだ。

「まあ二位だけどね」

 駒草先輩はもう帰りましょう。

 後輩の面倒は僕が見ます。

「部室で勉強もOKだよ。わからないところがあれば多少助けにはなれるかもしれないし。文系科目は夏目に訊いてね」

 テーブルの下で脛を蹴られた。

「夏目先輩も頭いいんっすね」

 もう一度蹴られた。

 頑張りなさいな。

「そういえば、部長は夏目先輩でいいんっすか? それとも駒草先輩? 茅野先輩が副部長でしたよね」

 少々間が空いた。

 先輩二人の目線が交錯する。

「俺は引退しているんだけど、でもまあ生涯部長ってことで――」

「いや、おとなしく受験頑張ってください。僕らの代の部長は桜葉さんって人なんだけど、最近部活サボってばっかりでね。そのうち来ると思うんだけど……、事務仕事は僕がやるから言って」

 夏目が立ち上がる。

「そうそう、とりあえず茅野が代理でなんでもやっているから、よろしく」

「なんでもは勘弁。部長は桜葉さんなんだから、仕事はしてもらわないと」

「はいはい。それより、そろそろトランプしよ!」

 夏目はそう言うと嬉々として青リンゴ柄のトランプをきり始めた。

 これがずっと言いたかったんだろう。自己紹介うんぬんはこの前座か。

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