喧騒と入部希望者

「その種がこちらになります」

 夏目が例のメモ帳封筒を取り出した。

「なんで持ってるの?」

「なんか変に扱えないじゃない。どうしたらいいかな、と思っていたら生徒手帳の中にしまってた」

 長机の上にポンと置かれる。怖いからやめてくれ。うかつに触れることができない圧を感じる。

 あの後、思いつく植物の種の画像を手あたりしだいに検索してみたが、決定的なものは出てこなかった。

「マーマレードの子、入ってくれると思う?」

「興味はあるかもしれないけど、帰り際の感じだと入る気はなさそうだよね」

 同意する。経緯はわからないが、入部のためにウチへ来たのではないだろう。

 なんとなく封筒を眺めていると、チャイムが鳴った。

 二人ともはじかれたように背筋を伸ばし、唇を真一文字に結んで正面玄関を凝視する。

 ほどなくして新入生たちが昇降口から出始めた。中庭全体に喧騒が広がっていく。

「それで、この種どうする?」

 振り向かないまま夏目に尋ねた。

「蒔いちゃえば?」

「いや、何の種だかわからないんだよ。春蒔きか秋播きか、水分、日差し、気温がどの程度ならいいのかもわからないし」

 これでも必死に訴えているのだが、夏目は案外そっけない。

「芽が出ればわかるよ」

「まあ多少は。それでも双葉のうちはどれも似たようなものだし、それにそんなぞんざいな育て方できないって」

 思わず夏目のほうを見てしまう。夏目もこちらを向いた。

「でも、そんなことしている間に種弱っちゃわない?」

 確かに種類にもよるが市販の種はおおよそ一、二年、場合によっては半年以内にまくよう勧められている。いつ買われた種かわからない以上、早いに越したことはない。

「それはそうだけど、確信が持てないのに植えて芽が出なかったら、出たとしてもすぐ枯れちゃったらどうするの?」

「識別は無理だって、言ったじゃん。とりあえず私には無理。それなら温室とかで管理しながらしっかり育ててみれば」

「いや、それでももっと慎重に調べて――」

「あの!」

 振り返ると、顔を赤らめるマーマレードと不安げに身をすくめるリンゴジャムが並んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る