取らぬ狸の?
コの字型の校舎の内側、レンガに似たタイル敷きの中庭には授業中だというのに生徒であふれていた。
ある人はこれからブルペンに立つようなユニフォーム姿で、またある人はトランペットに指を通して――さすがに吹かないとは思うけど――、またある人は紙の束を抱えて興奮気味に話し込んでいる。
僕はといえば、知らない同級生や先輩方がせわしなく動き回るのを見ながら、頬杖をついてあくびをした。
高校生活二度目の公欠にも感慨はない。一度目は先週の部活説明会の時で、通常授業なんか比較にならないほど精神が乱高下した。可能であれば消したい過去だが、密度の濃い時間であったのは確かである。
それに引き換え今はどうだろう。授業を受けていたほうが、まだ意味のある時間であった。
これでも一応、最初のうちはテスト結果が配られる直前くらい緊張していた。長机とパイプ椅子を並べ、にぎやかしにカモミールの鉢を並べていたときは、次はどうしよう次はどうしようとあれこれ考えを巡らせていた。
しかしそれがピークだった。
隣を見ると全く同じポーズの夏目がいた。
「あと、どれくらい?」
放課後の部室以上に覇気がない。
「授業が二十分、ホームルームをたせば三十分弱かな」
夏目は両手をあげて大きく腰を反らせた。
「しりとりでもやらない?」
「そんな極まった暇つぶしは勘弁。なんなら、看板でも作る?」
隣の書道部には、達筆と呼ぶのだろう、芸術性たっぷりの字が書かれた色紙が並んでいる。ただし、僕にはなんと書いてあるのかまるでわからない。
「いいよ、今更。どうせもうみんな入部先は決めてるって」
本日は体験入部期間の最終日である。そしてイコール入部届の提出期限でもあるので、実質的に新入生獲得のチャンスは今日までと言っていい。放課後には生徒会指導の下、各部の入部届受付ブースが並べられ、人気部活にむごたらしく新入生をとられていくのを見届けなければならない。
「あれとかどう思う?」
手を動かすのも面倒なので、視線で指をさしてみる。
コーラス部だろうか。水色のウィンドブレーカー達が昇降口をふさぎ、入部受付スペースまでがっちり誘導する陣形を築いている。
「元気だよね。まあ、ウチにはできないから関係なし」
確かに二人では、ねえ。
ぼんやり眺めていると、緑腕章をつけた生徒会数名が突っかかっていった。
「何人くらい入ってくれると思う?」
何十回と聞いた質問を投げかけてみた。
「六人」
それは見学に来た全員である。
「……、皮算用」
「皮算用するなら今しかないじゃん」
「いや、わざわざしなくてもいいでしょう」
「じゃあ茅野的には誰が入ってくれると思う?」
そう言われると難しい。いや、難しい時点でもうだめなのではないだろうか。
「それは、まあ、あの男の子とか?」
名前が出ない、というか自己紹介しただろうか。
「リンゴジャムの?」
そう、その子だ。
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