入部の決め手

 ネットを持って部室へ帰ると、残念なことに駒草先輩がいた。

「先輩がわざわざ来てやったんだから、そんな顔をするなよ」

 わーい先輩だ、うれしいな、とでも言えばいいのだろうか。

 気持ち悪いからやめよう。

「模試終わりで暇なんですか?」

「そうでもないよ。このあと予備校。今日はこれだけ渡しに来た」

 そう言って人差し指でコンコンと机をたたく。そこには、一枚の 写真が置いてあった。

「うわっ、めちゃくちゃ懐かしいですね」

 脇をすり抜けて入ってきた夏目が写真を取り上げる。そして僕の前に突き出してきた。

 うっすらと覚えている。たしか去年入部届を出した日、部室の前でとった集合写真だ。当時の二年生が二人、僕ら一年生が三人。

「翌年の説明会資料用に毎年このタイミングで撮っているんだ。これあげるから、今年も撮るの忘れんなよ」

 なるほどいい習慣だ。たしかに写真を撮るタイミングなんてうちの部は皆無だし、入部したてなら将来の幽霊部員もまだいるから人数を盛れる。もしこれがなければ、今から夏目とツーショット写真を撮るはめになっていただろう。

 その後、そんじゃな、と言って駒草先輩は本当に帰ってしまった。


 せっかくなので今日はフレッシュカモミールティーを用意した。

 なんのことはない、乾燥させずにさっき収穫したカモミールの花をポッドにそのまま突っ込んだだけである。正直、草を刈り取った後の苦いにおいも抜け切れていないが、わずかにリンゴのような甘みと酸味が混ざった香りも漂う。

 口に入れると香りは強くなり、口から鼻をほろ苦い蒸気が包んでくれる。効能はリラックス効果や体温上昇だったろうか。

 ただ、やはりこれは香りだけ。上品と言われればそうなのかもしれないが、味がないのでものたりない。

「まあ世の中いろんなフレーバーティがあるけど、結局は砂糖でどうにかしてるからね」

 夏目、それは言ってはいけないやつだ。

 下校まであと一時間ほど。提出用のプリントを机に出し、さっきのキャッチフレーズを入れながら適当にマスを埋める。内容は決まっているのでたいしたことはない。

 ものの数分で書きあがり、夏目の前に出す。

「うん、いいんじゃない。私はとくにゆうことない」

 続けて、ふわーあ、と夏目の大きな伸び。起きろ。

 あとは説明会本番をどうするかだが……。

「当日だけど、説明は夏目でいい?」

 何気なく、さらっと言ってみた。

「茅野の方が偉いでしょ。パスパス。私緊張しちゃうし」

 くそ、ちゃんと聞いていやがった。

 正直、新入生の前で話すなんて勘弁してほしい。

「大丈夫だよ。それに僕なんかより夏目のほうが画面映えして新入生も注目してくれるから」

 全力でおだてる作戦に出ることにした。

「え、本当? 私目立っちゃう?」

「そうそう、園芸部のアイドルだから」

「そうかな!」

 思ったよりもチョロかった。

 実際のところ、夏目なら大勢の前でも気軽に話してくれそうだし、容姿もあわせて好感がもてるに違いない。僕はクラスの中でさえ前に立つのはごめんだ。

 舞台の端でカモミールの鉢でも持ってうなずいていよう。

 マグカップを空にすると僕にも眠気が押し寄せてきた。机にもたれ集合写真を今一度見てみる。

「このときから考えると、だいぶ人減ったよね」

 甘じょっぱいせんべいをくわえながら夏目がこたえる。

「まあ、ね。でも私らが入ったときだって先輩二人だったし。もともと三年生は受験でほとんど顔出さないから、他の部に比べたら少なくはなっちゃうよ」

「それはそうなんだけど、ちょっと不安にならない? 次に集合写真を撮るときにどうなっているか」

 写真の中、みんないつも通りの表情をしている。桜葉さんはカメラ目線で小悪魔的に微笑み、駒草先輩や夏目は中央で必要以上にはしゃいでいる。

 僕だけどこかよそよそしく他の人と距離をあけている。

「私が説明会に出るんだから大丈夫。それに人が来なくても、そのときは、そのとき。駒草先輩呼んでかさ増しすればいいじゃん」

 この写真から少し減っただけ。まあそれでも悪くないのかもしれない。

「そうだね。呼んだら桜葉さんも来てくれないかな? たまには部長らしい仕事をしてもらって」

 夏目は無言でプリントと写真を取り上げた。

「それより説明会ってどんな感じで話せばいいの?」

「どんな感じって、去年の駒草先輩みたいでいいんじゃない?」

「駒草先輩どんな感じで話してた?」

 そう言われると困る。体育館の舞台上でおもしろおかしく話す駒草先輩と傍らでほほ笑む桜葉さん。その静止画は浮かぶが、その他はあまり覚えていない。

「どうせいつもの駒草先輩らしく、仰々しく偉そうな演説でもして たんじゃない?」

 夏目はせんべいを置き、真顔になる。

「でも、茅野はそれで入部したんでしょ」

 そう、そうなのだが。

「夏目はそれで入ることにしたの?」

「私は園芸が趣味ってなんか知的そうでいいかなと思って」

 発想はアホっぽい。

「茅野は?」

「えっと、……多分同じような感じ」

 ちくしょう、違うけど言いたくない。

「でも、やっぱり説明会でなにかビビビッて来たんだと思う。そうじゃなければ、他の部でもよかったし」

 そうだろうな、僕も。当時漠然と帰宅部は嫌だなとは思っていたけど、それ以上何かを欲していたわけではない。そんな中で、園芸部は強く印象に残っていた。

 うちの部は運動部のように経験者だから見学に来る、といったことはない。純粋に惹かれたものがあるから行くのだ。

 一年前のあの場、自分を動かしたもの。おぼろげだが、当時の感情の輪郭を思い起こす。

 そう、あの人に惹かれたんだ。

「今回は私がビビビッとさせちゃうよ。私の魅力で後輩たちを——」

「夏目、やっぱり僕も説明会でなにか話すよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る