たまには園芸部らしく

 木曜日の放課後、現園芸部の二人は草のにおいが充満した温室にいた。

「茅野もまめだよね。きっといい姑さんになれるよ」

 少々とげを感じるセリフを吐きながら、夏目は剪定ばさみで小さな白い花を切り落とし手元のカップに溜めていく。

「せめてお嫁さんで止めておいて欲しかったな」

 僕も同じく花を切り、自分のカップにたまった分を二人の間に置かれたポリ袋へ放り込む。

「でも、サボり続けていたら花が全部枯れちゃいました、なんて悲惨でしょ。次の時季までハーブティーなしになったりね」

「その時は茅野がスーパーで買ってくればいいじゃん」

「左様ですか」

 放課後水やりのために温室に入ると、あいかわらず旺盛なカモミールがそこら中にはびこっていた。

 コスモスに似た緑の細い葉っぱと茎の先端につく無数の小さな白と黄色の花。本来はとてもキレイな植物で鑑賞用にも十分だと思う。

 ただ、目の前の株は十や二十ではきかないほど花があふれ出ている。葉も伸び放題で一部は枯れ、プランターはおろかその下のステンレスラックもろくに見えない有様だった。そんなプランターが八つあるのだから、無法地帯もいいところである。

 本来定期的に剪定をして過密状態を防ぐのだろうが、夏目にそれを期待するのは違っただろうか。うーむ、まあいい。そろそろ落とし前をつけさせよう。

 そんなわけで、部室でせんべいをくわえていた夏目を無理やり温室へ引っ張りこんだ。

 強引な男は嫌われるよ、と言われ、ずぼらな女もどうなのだろう、とは言い返さなかったが、新歓の準備ということで、しぶしぶながら連れ出すことには成功した。

「これ全部今日やんなきゃダメ?」

 予想通り夏目がふてくされ始めた。

「じゃあいつやるの? それにこれ、ちゃんと手入れすればまだ花咲くんじゃない?」

「確か花を摘むと脇からまた蕾が生えてくるんだったと思うよ。花が咲いたら収穫、伸びすぎた茎を剪定して風通しを良くしながら次の花を待つのが基本」

「すでに枯れている花があるけど」

「それはご愛敬」

 誰に対してだろう?

「そうだ、新入生にも摘んでもらおう!」

 さぼる口実がまた増えた。

「いいけど、ちゃんと花咲くように伸びすぎたところ剪定してね。 そして新歓の内容考えて」

「イエスイエス」

 そう言って夏目はカップの花をバサッと袋に放り込み、無駄に長くなった茎や枯れた部分を切り始めた。花は飽きたようだ。

「私としてはキャッチコピーが必要だと思うの」

「キャッチコピー?」

「一昨日話したじゃん。マーケティング、特定の購買層をターゲットにしなきゃいけないわけで……」

 なんて言うか、と剪定ばさみを手元でカチャカチャと空撃ちする夏目。とりあえず、作業を中断しないでもらいたい。

「つまりターゲットの人のみ——園芸に興味があって、トランプをやってくれる、マジメな人だっけ——を惹きつけるためにキャッチコピーが必要と」

「そうそう、そういうこと。オシャレなのがいいな」

「『カモミールを一緒に飲みましょう』とかそういうこと?」

「そういうんじゃなくて……、『花女はなじょ』とか?」

 どこの女子高だろう? 二周くらい渋めなワードが出てきた。

 僕が黙っていると、剪定するパキパキ音がどんどん速くなっていった。

「いや、その……、ね……」

「大丈夫、わかるよ。歴女れきじょとかそういうノリでしょ。大丈夫わかっているから、わかっているけど……」

 なんかごめん。

 夏目が早口で続ける。

「そういえば花とかうちの部あんまりないしね。ちょっと違うよね、うん」

「そうそう、どうせなら『園芸女子えんげいじょし』とか『園芸えんげいガール』の方が部の名前そのまんまだしわかりやすくない?」

「そう、それでいこう!」

 勢いそのままにこちらにはさみを向けるのはやめて欲しい。でも、耳まで赤くなった姿に免じて許すことにした。

 あらかた収穫が終わると、花をビニール袋ごと水洗いする。

 温室内と言えども多少なりとも土は着くようで、洗った水は少し濁る。何度か水をかえてはバシャバシャした後は、葉っぱやら虫やらを取り除きながらぶら下げ式の乾燥用ネットに入れる。

 また地味な作業になったので、夏目に話を振った。

「『園芸女子』はいいとしてさ、やっぱり『カモミールを一緒に飲みましょう』みたいな呼び込みのセリフは必要じゃない?」

 手のひらに花を並べ、一つ一つ確認してネットに放り投げる。そこまでしなくてもいいんじゃない、と夏目は言うが、ハーブティーに羽虫が浮くのは悲惨だ。

「カモミールはいいと思う。なんかオシャレだし」

 夏目もビニール袋から花をつまんでネットに放りこむ。

「でも、それだけだとなんかお嬢様みたいな人ばっかり来そうな気がしない? ティータイムだけ楽しんでその他の作業は人任せ、みたいな」

 冷ややかな視線を送ってみたが、気付いてくれなかった。まあ、こいつはしょうがない。

「確かにあんまり優雅なところだけアピール、というのも違うかな。実際毎日の水やりは飽きるし、土で汚れたりもするしね」

「そう、思ったよりも面倒な部活だったので辞めます、なんていやだよ。やっぱりある程度マジメな人じゃなきゃ」

 ネットをゆすりながら、花が重ならないように広げる。三段式のネットのうち一段目はおおよそ埋まってきた。

「それなら、あらかじめ少し面倒な条件を入れてみる?」

 夏目がまたキレイに小首をかしげたので続ける。

「例えば、ティータイム用に何か持ってきてもらうとか。見学のためにわざわざ何か用意してくれる人なら、多少の作業で文句言わないと思うよ」

「確かに、私たちだけ頑張るのは違うよね」

 そういう意味じゃなかったのだが。

 夏目がピンと人差し指を立てる。

「わかった、それならジャムを持ってきてもらおう。『カモミールティーに入れたいジャムを持ってきて』なんてすごくオシャレじゃない?」

 おお、確かにステキな感じがする。ステキな割によくよく考えると面倒だから、やる気のない人は来ないだろう。

「じゃあそれで決まりで。茅野もなにかセンスのいいジャム持ってきてね」

 ん?

「私はアンズとかが好き」

 今年の勧誘だと夏目は入部できないだろう。

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