マーケティング?

 電気ケトルとは便利なもので、部室の隣に立つ温室から水を汲んでくれば、ものの数分でお湯が沸く。その間に青白チェックのカーテンで隠されたカラーボックスの中からマグカップを二つ取り出し、それぞれにティーバックと砂糖を入れておく。

 そして、ケトルがボコボコ鳴り出すのを待ってから中のお湯を注げば、我が部自慢の(?)ティータイムが始まる。

「部活紹介文提出のお願い」

 改めてプリントを見返しながら、わんこのマグカップを夏目に差し出した。夏目はといえば、すでにクッキーの袋でごみの小山を作っている。

「四月十二日、新一年生対象の部活動説明会を執り行います。それに先立ち、新一年生に配布する部活紹介文(百文字以内)と活動写真一枚の提出をお願いいたします。また部活動説明会当日は壇上で各部三分以内の部活紹介をしていただきます。タイムスケジュールなど詳細は後日ご案内いたします。風岡学園高等学校生徒会」

「そういえば去年もあったね、そんなの」

 夏目はマグカップの水面に波紋を作りながら、ちびちびと紅茶を飲む。

「砂糖足りない」

「クッキー食べすぎで麻痺しているだけだよ。しょっぱい系にすればよかったのに」

 僕も紅茶を口にふくむ。夏目の言う通り、砂糖が効いていないようで必要以上にスプーンでかき混ぜた。

 園芸部の活動というと、公には温室と屋外のプランターで植物を生育することである。

 もともとたいしてやる気のない僕らにとって温室なんて手に余るのだが、歴代先輩方が手塩にかけて育てたジャングルをぞんざいに扱うこともできない。

 一方で腹にたまらないのではやる気が出ない。文字通り花より団子の我らは仕方なくアマゾンの面倒を見ながら、温室の余ったスペースと外の砂利道にプランターを置いて好き勝手野菜やハーブを育てている。

 そんな感じの内容を当たり障りがないようにまとめ、あとは部活の頻度と部員数でものせれば、部活紹介は完成だろう。そう言ったら、夏目が鼻で笑った。

「ふふん、それじゃあ平均点。圭太君はつまらない子だね」

 夏目の表情が嫌いなニヤケ顔と重なり、砂糖を三杯放り込んだ。

「では夏目様のご意見をどうぞ」

「苦しゅうない、苦しゅうない。大切なのはマーケティング、ターゲットとなる購買層を特定することなんだよね」

 唐突に夏目から出るとは思えないワードを聞いて目を大きくする。

 うむ、これは僕の認識が間違っていたのだろうか。クラスが違うので知らないが、本当は頭がいいのかもしれない。

「それって、つまりどういうこと?」

「えーとねえ、ちょっと待って、忘れた」

 そう言ってスマホを高速スワイプする夏目。なにやら検索をかけているようである。

 僕の中の夏目政権は明智光秀よりも短かった。いや、それも光秀に失礼だろう。

「そうそう、効果的な宣伝をするためには購買層を特定し、集中的に資源を投入すべし。闇雲なCMは費用対効果に乏しい」

「誰の言葉?」

「昨日ニュースに出てた人」

 今まで通り、ぶれない夏目像に安心した。

「えーとつまり、ターゲットを特定せず誰彼かまわずみんな来て、と言っても、費用……、そのあとの冷やかしだけで部活見学に来る人とか、入っても幽霊部員になる人増えたりとかで大変なだけ、ということ?」

「そう、茅野頭いい」

 まさか当たりとは思わなかった。

「なんか、宝くじ当たったら何を買うか、みたいな話だね」

 夏目が小首をかしげた。とてつもなく似合っているのが逆に腹立たしい。

「根本的にそんなに人集まらない、てこと。なにせ園芸部だよ」

 視線を上げると、夏目もつられてそちらを見た。そこには土まみれのプランターや刈込ばさみ、軍手などが雑然と並べられていた。

「文化部にしても軽音部とか手品部、漫研あたりならわかるけど、わざわざ土いじりやる高校生いる?」

「泣きたくなるからやめよう」

 夏目が両手でクッキーを差し出してきた。

 口に放り込むとほんのりバターが効いて風味豊かな甘さが良い感じだ。冷めてきた紅茶にもよく合いそうだ、と思ったら紅茶の方もかなり甘かった。

「まあでも、ターゲットを絞るのはいいと思うよ。こんな人に来てほしい、みたいな希望を出したほうが新入生もわかりやすいと思う」

 夏目の機嫌は一瞬で直った。

「じゃあ、一緒にトランプをやってくれる人がいい」

「いや、だから園芸部だって」

「あと、マジメな人かな。水やりさぼられると困る」

 確かに。面倒だがそこをさぼられると致命傷になりかねない。

 夏場では一日さぼっただけでも葉っぱがシナシナになることがよくある。それが当番の一週間ずっととなってしまえば目も当てられない。

「まとめると、園芸に興味があって、トランプをやってくれる、マジメな人を募集になるけど……」

 このときおそらく、夏目と僕の思いは一致したと思う。

 そんな新入生いるのだろうか? 

「でもでも、部活で作った野菜を一緒に食べましょう、みたいにすれば、園芸しつつトランプもできそうな、適度にゆるいアットホームな雰囲気出ない?」

 アットホームな職場です、というありきたりな地雷求人を思い出したが、口にしないことにした。

「今の時期だし、茅野担当のイチゴとかどう?」

「イチゴねえ、確かに響きはいいけどまだ花落ちたばっかで赤くないよ。わかりやすいところだと、先輩たちと植えた水菜、ニンニクとか?」

「ダメ、渋すぎ」

 確かに。これで集まる新入生は純朴すぎる。アットホームとは言え、夕飯の買い物に行く親だけが喜びそうな方向性はやめよう。

「桜葉さんのチランジアだとオシャレ寄り過ぎる?」

 見た目はいいけど、お嬢様系に逆戻りのような気もする。

「とりあえず、食べられるものでいこう」

「じゃあ、残るのは夏目担当のカモミールだよ」

「カモミール? 咲いてるの?」

「おい、もしかして先週の水やりさぼってないよね。もう花だらけだよ」

 やはり園芸好きでトランプをやるマジメな人間などいないようだ。

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